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名作漫画に名脇役あり。「天才ストライカーの死」が覚醒させた、もう一人の天才の物語『シュート!』

みなさんには、好きなサッカー漫画はあるだろうか。

サッカー漫画と言えば、漫画ジャンルの中でも激戦区と言っていいほど名作が多く、『DAYS』や『アオアシ』、『BE BLUES』、『GIANT KILLING』、『フットボールネーション』など、現在進行形で素晴らしい作品が生まれている。

そんな中、僕が最近読み返して改めてその凄みを見せつけられたのが、『シュート!』だ。

驚くことにもう30年近く前の作品だが、今読み返すと、青春時代が鮮明に蘇ってくる。小中高とサッカー小僧だった僕のバイブルであり、天才ストライカー・久保嘉晴が遺した「トシ、サッカー好きか?」というセリフは、90年代のすべてのサッカー小僧に深く突き刺さったものだ。

いまの10代、20代の人たちには『シュート!』と言われてもピンとこないかもしれないが、解散してしまった国民的アイドルグループ・SMAPが主演で映画化までしている名作である。

いつまでも色褪せることのない名シーンの数々。そして、大人になったいま読み返してみると、子どものころには分からなかった『シュート!』の魅力に気付いた。

『シュート!』は、トシ・和広・健二の掛西トリオの物語ではない

この物語は、田中俊彦(トシ)、平松和広(和広)、白石健二(健二)の掛西トリオ(中学)が、天才ストライカー・久保嘉晴に憧れ、久保が作った創部2年目の掛川高校サッカー部に入部し全国選手権優勝を目指す、という王道ストーリーが軸となっている。

登場人物たちが繰り出すファントムドリブルやダブルヒール、ムーンサルトセーブなど、できそうでできない絶妙なレベルの必殺技は、誰もが一度は真似したことがあるに違いない。

今改めて読むと、新入生歓迎会や祝勝会などでことあるごとにお酒を飲むシーンがあり、90年代の漫画の規制の緩さが微笑ましい。加えて、トシとかわいいヤンキー娘・遠藤一美とのなかなか進展しない恋愛があったり、真面目そうな和広が「ナンパ行こうよ」と超展開を繰り広げたり、健二がトシのお姉さんを口説いたりと、ラブコメ要素もふんだんに盛り込まれていておもしろい。

話が逸れてしまったが、物語の大筋は、このようにトシ・和広・健二の掛西トリオを中心に回っている。ように思えたのだが、『シュート!』には、彼らよりも重要な役割を担う人物がいた。それが、闘将・神谷である。『シュート!』は、天才の影に隠れていたもう一人の天才が相棒を失った哀しみを乗り越え成長していく物語でもあったのだ。

天才の死が、もう一人の天才・神谷を闘将へと成長させる

名作に名脇役あり、とはよく言ったものだが、神谷は間違いなくその類のキャラクターだろう。

『シュート!』では、わりと早い段階で久保が死んでしまう。ネタバレではあるが、誤解を恐れずに言うと久保の死それ自体はさほど重要ではない。日本全国、そして世界中にいる、この天才ストライカーに魅了されたサッカー少年たちが出逢い、久保の死後も紡がれていく物語こそが重要であり、死して尚強烈な存在感を示しているからだ。

したがって、初めてこの作品に触れる人が「久保の死」を知った上で読んだとしても、物語の魅力は変わらないということは伝えておきたい。

話を本題に戻そう。この「久保の死」に最も影響を受けたのが、他でもない神谷である。神谷が掛川の心臓部として機能し、チームの精神的支柱へと成長させ、闘将たらしめたのは、紛れもなく久保の死だ。

久保が健在だったころの神谷は、久保の才能と人を引きつける魅力に対して「敵わない」と思っているフシがあった。太陽と月のように、華やかな久保の陰で粛々とミッションをこなす職人に徹していたというか。自分の意志を持って何かを成しているところを見たことがない。

【神谷の成長その1】 掛川サッカー部、空中分解の危機

ところが、久保の死をきっかけに、この男は大化けする。印象的な3つのシーンを紹介しよう。

まずはじめに、久保の死を受け入れられずにいた掛川サッカー部が空中分解しかけていた時のこと。ただでさえ危うい状況の中、ブラジル帰りのトリックスター・馬堀の新加入でチームはバラバラだった。ここで彼は、他の選手達の前では一切弱みと妥協を見せず、一人チームの建て直しを図る。

この時は気丈に振る舞っているが、当然ながらもっとも苦しんでいたのは神谷である。その苦しみや哀しみを背負いながらも、チームを建て直し前へ進もうとする彼の姿勢に僕は胸を打たれた。

【神谷の成長その2】 県大会決勝で到達した「掛川サッカー」のスタイル

続いては、県大会決勝の藤田東との一戦。勝てば全国選手権出場の大一番だ。ここで神谷は、Jリーグチームへの内定が決まっている藤田東・加納との一対一で競り勝ち、スーパールーキー・松下に対しては格の違いを見せつける。

「久保嘉晴が作ったチームに絶対勝つ」と闘志を燃やす加納と、「久保嘉晴が目指したサッカー」を追求する神谷。最後には、神谷が「掛川サッカー」を完成させ、久保の目指した高みに到達する。

予選を通しての神谷の成長ぶりには、かつて神谷としのぎを削ったライバル校の選手たちも、目を見張るほどであった。

【神谷の成長その3】 全国選手権決勝。この日、神谷は久保を超える

最後に、全国選手権決勝の帝光戦。相手は、全国選手権の常連校で、優勝候補。司令塔の岩上は超高校級プレーヤーである。そんな帝光を相手に0-0で前半を折り返した時のベンチの浮足立ったムードにも、冷静さを忘れない。闘志を燃やしつつも、常に冷静でいられるのが神谷のストロングポイントだ。 

後半に一失点を喫し、自身も右足を怪我をしてしまい窮地に立たされるシーン。神谷は焦りを見せることもなく、得点を奪うことだけを考えていた。そして、後半ロスタイム、神谷は久保を超える。

執念のゴールで見せたのは、自ら窮地を救うリーダーシップと闘志だ。そこに、久保の幻影を追い掛けていたかつての姿はなく、「リーダーシップ」「技術」「闘志」すべてにおいてSクラスの実力を証明した。

忘れてはいけない、神谷を支える2年生コンビの存在

『シュート!』を語る上であと二人、重要なキャラクターがいる。それは、神谷と同じ掛川サッカー部2年の大塚と赤堀だ。この二人がいなければ、掛川高校サッカー部は存在しなかった。

選手権決勝で延長戦に突入する際の神谷・大塚・赤堀のやり取りが、ひたすらに熱い。

負傷しても強行出場を試みる神谷に対し、普段は温厚な赤堀が声を荒げ、がさつな大塚が真っ直ぐな想いを伝える。この時、久保の背中を見て走ってきた掛川高校サッカー部が、本当の意味で一つになった。

ここまで来ると、トシ・和広・健二の掛西トリオよりも、神谷・大塚・赤堀の掛川2年生トリオを主役にしても違和感はない(ただし華もない)。

以上のように、天才を失ったことにより、もう一人の眠れる天才が覚醒し、新たな伝説を打ち立てる。これこそが、掛川がミラクルチームたる所以なのではないだろうか。

名作漫画は、読み返すほどに新たな魅力を見つけることができる。『シュート!』はまさにそんな作品であった。

WRITTEN by タクヤコロク(ナンバーナイン編集長)
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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