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#23 遅刻魔とランジェリー

「痛っっ!!」

私の胸にチクっと刺さったのは、3年ほど愛用しているブラジャーから飛び出たアンダーバスト部分のワイヤーだった。

「あーあ、もう寿命か」

ワイヤーが飛び出している穴を縫えばまだ使えるか・・・と一瞬考えたが、布自体がもう劣化している。自称倹約家を名乗る私でも、再生は不可能だと推測できた。

3年も私のおっぱいを守ってくれていたその子は、本日をもって天寿を全うしたのだとあきらめよう。

「新しいのを買いに行かないと・・・」と思ったが、私はブラジャーをお店で選ぶのは手間だと感じ、さっそくスマホで調べた。
すでに亡骸となったブラジャーを購入した通販サイトを検索してみる。

とそのとき1通のメッセージが届いた。

『久しぶり!2人目が5月に産まれるよん♡♡』

親友のN美からだった。

骨をむき出しにしたブラジャーをそのへんにポイっと置き、N美のメッセージに注力する。

N美は大学時代からの付き合いで、かなりの遅刻魔だった。

大体平均すると、約束した時間の30分は遅れてくる。
もちろん、最初のほうはきちんと罪悪感があったようで「ごめん」にも心がこもっていた気がする。しかし徐々に遅刻が当たり前になってくると、謝罪も軽くなっていった。

遅刻1回目「ほんっとにごめん、バスが混んでて・・・」

遅刻2回目「ごめええん、ちょっと洗濯物とりこんでて・・・」

遅刻3回目「すまんねぇ、髪巻くの時間かかった」

遅刻4回目「はは、寝坊した」

こんな感じで、後半は言い訳もしなくなるほど。

ちなみに私は一度も彼女に「遅刻しないで」と言ったことはない。
正直最初は「あれ?沖縄時間な感じ?」と戸惑ったこともあった。

しかしN美はいつも笑顔で穏やか。もちろん性格も優しくて誰とでも分け隔てなく接している子だったので「マイペースなんやろうね」くらいで完結していた。今思えば重度の遅刻癖をカバーできるほどの高い人間力をもっていたのだろう。

おそらく遅刻5回目くらいからだっただろうか。

N美が遅刻すると分かっていても、私は絶対時間を守りたい主義だったので、毎回約束の5分前までにはN美との待ち合わせ場所に到着していた。
でも案の定、『今バス乗った』と携帯電話にメールが届く。

私は当時のボーダフォン(現:ソフトバンク)の『OK』を表しているような絵文字を送り、携帯を折りたたむ。

おそらくN美が到着するのは35分後だから・・・と待ち合わせ場所近くの三越に入った。

1階のコスメ売場は、上品な香水や化粧品の香りが漂っていて少し背筋が伸びる感じがした。
とりあえず目的もなく2階に上がると、キラキラしたランジェリー売り場が目に飛び込む。
期間限定の特設会場だったようで、すでに10名ほどのマダムが真剣にランジェリーをみていた。

私は完全に冷やかしモードで店内に入った。
するとブラジャー1枚の値段が1万円を超えているではないか。

日頃『ブラジャー+ショーツ2枚セット2990円!!』みたいなプチプラ下着を購入している私にとって、ギョギョッとおののく価格だった。

すると一人の店員さんから声をかけられ・・・・・・
気づけば試着室にいた。

そう、私は百貨店販売員の接客力の高さを完全に忘れていたのだ。
過去にバーバリーでワンピースを見ていたとき、ずーっとしつこく声をかけられた経験から、洋服を百貨店で見ることはなかった。

なのに「所詮、特設会場の下着売り場じゃないか」などと侮っていたのだ。特設会場だろうが専門店だろうが、プロはプロ。逃げられなかった。

ランジェリーショップの店員さんは白い手袋をはめた手で、私のおっぱいを左右の端からギュムッと寄せて、「もうワンカップ上のほうが良いみたいですね」と、サイズ交換まで面倒を見てくれる。
しっかり肩紐のアジャスターを合わせてくれると、この上ないフィット感。
なんだかオーダーメイドのブラジャーをはめている気分になった。

「なんか、私のおっぱいを大事にしている感じ。きちんと元の形に戻って収まっているこの感じ、いいかも」

と、気付けば30分間で3万円分のブラジャーをカード決済していた。

早歩きでN美との待ち合わせ場所に向かう。
おそらく着くであろうと予測した35分後に私は到着したが、N美が着いたのはその10分後だった。

私はN美の軽い「ごめん」を聞く前に、良い買い物ができたことを満足気に話していた。

『出産したらベビーちゃん、抱っこしに行くけん』とN美に返信し、スマホを置いた。
すると、さっき放っておいた亡骸ブラジャーが目に入り、3万円の三越のランジェリー売場が頭をよぎる。

あの頃は今よりも自分にちゃんとお金をかけて、少しは「綺麗に見せよう」と努力していた。自分をもっと大切に扱っていたように思う。
しかし3人の子供の出産とともに、10センチヒールのパンプスも、ちょっとお高めなランジェリーも、「綺麗に見せたい」という私のプライドとともに捨てた気がする。


「久しぶりに、ちゃんとしたの買おっか」

私は心の中で自分のおっぱいに話しかけていた。































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