『群盗』三幕二場
第三幕
第二場
ドナウ周辺。
盗賊たちが小高い丘の木の下で休んでいる。遠景では馬が草を食んでいる。
モーア ちょっと横になるか。(どかっと寝転ぶ)脚が棒だ。ベロが乾いてザラザラする。(シュヴァイツァーが気づかれないように姿を消す)誰か、川から水を汲んで来てくれねえか、手に一杯でいい、って、お前ら全員、死にそうだな。
シュヴァルツ ワインも飲み切っちまった。
モーア おい見ろ、穀物がよく実ってるぞ! 木の枝も折れそうじゃねえか! ――ブドウも期待できそうだ。
グリム 当たり年だな。
モーア そうか? てことは、苦労が一つは報われるか。一つだけか? ――っても、一晩あられが降って台無しってこともあるからなあ。
シュヴァルツ あるある。収穫のほんの数時間前に降って全滅とかな。
モーア それな。――何もかもが駄目になることだってある。神様と同じになろうとして駄目だった人間が、蟻の真似事をしたって、上手くいく訳がねえよな? ――それとも、これこそが運命ってやつなのかな?
シュヴァルツ 運命なんて知らねえよ。
モーア お前、いいこと言うじゃねえか、そうだな、これからも知らないでいられたら、もっといいな! ――兄弟――俺は人間を見た、働き蜂のような苦労と、巨人のような計画を――神のごとき壮大な計略とネズミのように小さな仕事、それに驚くほど奇妙な幸運をめぐる競争――サラブレッドの脚に頼るやつがいれば――ロバの鼻に頼るやつがいて――自分の脚に頼るやつもいる、人生のクジは色々だ、そんな中で大抵のやつは良心と――天国さえ賭けて、アタリを引こうとする、だが――引きはハズレばかりだ――結局、アタリなんかなかったんだ。芝居なんだよ、兄弟、腹の皮がよじれるほど笑わせて、涙を誘う。
シュヴァルツ 太陽が沈むのって、なんかスゲえ、荘厳って感じだよな!
モーア (一瞬その光景に耽溺する)あれこそが英雄の死に様だ! ――賞賛に値する死だ!
グリム めっちゃ感動してんじゃん。
モーア 小さい頃は――どんな風に生きたら英雄のように死ねるのか、考えるのが好きだった――(痛みを堪えるようにして)子どもの考えることだ!
グリム 英雄か、俺もなりてえな。
モーア (帽子で顔を隠す)もう、昔の話だ。――ちょっと一人にさせてくれ。
シュヴァルツ モーア! モーア! 何だよ? ――顔色がおかしくねえか!
グリム おいおい! どうした? 具合でも悪いのか?
モーア あれはもう昔の話だ、お祈りを忘れると眠れなくて――
グリム 頭大丈夫か? ガキの頃を思い出したってしょうがねえだろ?
モーア (グリムの胸に頭を寄せかけて)兄弟! 兄弟!
グリム なんだよ? ガキみてえなのはやめろって――なあ――
モーア もしも、あの頃に――あの頃に、戻れたら!
グリム キモ! やめろし!
シュヴァルツ 元気出せって。見ろよこの景色を、絵に描いたみてえだろ――いい晩じゃねえか。
モーア そうだ、そうだ! 世界はこんなにも美しい。
シュヴァルツ なんだよ、いいこと言うな。
モーア 大地は、なんて荘厳なんだ。
グリム そうだ――そうだろ――な、そう言う話なら喜んで聞くぜ。
モーア (元の状態に戻って)この美しい世界にあって、俺はなんて醜いんだ――この荘厳な大地に生きながら、俺はなんてみっともないんだ。
グリム うわ、ムリ、ムリ!
モーア 俺は罪を犯したことなどなかった! 俺は潔白だった! ――見ろ! 春の平和な光を浴びるため、みんな、みんな、遠くへ行ってしまった――どうして俺だけが、天の喜びから地獄を吸い上げる? ――誰もがあんなに幸福じゃないか、誰もが姉妹のように仲睦まじく、平和の魂に包まれているじゃないか! ――全世界が一つの家族だ、唯一の父が空高くにおわす――だが、俺の父はいない――俺一人が追放され、俺一人が汚れ無き者の列からはねられてしまった――愛らしい子ども時代というものが、もう、俺にはない――恋人の思い焦がれるような眼差しも、親友との抱擁もない、俺にはない。(激しく飛びすさって)人殺しどもに取り囲まれ――毒蛇にそそのかされ――鉄の鎖で悪徳に繋がれた――芦の茎にしがみつきながら、破滅の墓の中へ螺旋を円を描いて落ちていく――幸福な世界の花の中心で泣き叫ぶ、奈落の王アバドンだ!
シュヴァルツ (モーア以外の者に)なんだあれ! あんな団長は見たことがねえ。
モーア (悲哀に満ちた様子で)もう一度母の胎内に戻れたなら、どんなにいいだろう! 物乞いに生まれ変わることが許されていたなら! ――違う! そんなことじゃない、ああ、天よ! ――日雇い労働者のように生きることが許されたなら! ――ああ、俺は、このこめかみから血の湧き出るほどに、疲れ果てたかった――たった一度の午睡の歓びを――たった一粒の歓喜の涙を手入れたかった。
グリム (他の者に)もうちょっとの我慢だ、発作も落ち着いてきたんじゃねえか。
モーア 喜びに涙を流したのは、もう昔のことだ――ああ、平和な日々よ! あの父上の居城――夢中で遊んだ緑の谷よ! ああ、我が幼年時代のエリジウムの園よ! ――二度と戻っては来ないのか――俺のこの燃える胸の内を、そよ風で冷ましてくれる者はいないのか? ――憐れんでくれ、自然よ――あの懐かしい頃は決して戻らない、俺の燃える胸の内を冷ましてくれる、そよ風もない――消えてしまった! 消えてしまった、二度と戻らない! ――
シュヴァイツァーが帽子に水を汲んでくる。
シュヴァイツァー 飲めよ、団長――水はたっぷりある、氷みてえにキンキンに冷えてるぜ。
シュヴァルツ てめえ、血が出てるじゃねえか――何やってたんだよ?
シュヴァイツァー バカ、大したことじゃねえ、もうちょっとで両脚と首をなくすとこだったけどな。川べりの砂が山んなってるとこを走ってったら、ズルズル! ってよ。ボロ雑巾みてえなこいつが滑って、ライン地方で言う所の十フィートくらいかな、落っこちたんだよ――しばらく横になって、五感を整えてやった。で、砂利の間から真水が湧いてんのにぶちあたった。小躍りだってすんだろ、団長も喜んで飲むにちげえねえと思った。
モーア (帽子を返し、顔を拭いてやる)こんなことでもなきゃ、ボヘミアの騎兵に切りつけられたツラを拝むこともねえからな。――水が効いた、シュヴァイツァー。――額に十字傷か、カッコいいな。
シュヴァイツァー ハハ! もう三十箇所くらいは隙間があるんじゃねえか。
モーア そうだな、みんな――昼のは、激しい戦いだった――そして、いなくなったのは一人だけだ――ローラーの奴は立派に死んだ。俺のために死んだんじゃなかったら、あいつの骸の上には、大理石の墓標が立ってただろう。これで我慢してくれ。(涙を拭う)敵は何人残ってた?
シュヴァイツァー 軽騎兵が百六十――竜騎兵が九十三、あとは狙撃兵が四十――全部で大体三百だな。
モーア 一人のために三百人か! ――お前ら全員に、この首を要求する権利があるってわけだ! (帽子を脱ぐ)この剣にかけて誓う。魂に誓う! 俺は絶対に、お前らを見捨てない。
シュヴァイツァー 誓いなんてやめろ! まだわかんねえだろ、運が向いて後悔するかもしんねえ。
モーア ローラーの骸にかけて! これ以上、仲間を失いたくない。
コジンスキー登場。
コジンスキー (独白)この辺りで、会えるだろうって、話だったけど――わ、え、なんだ! どういう顔をしてんだ、あいつら? ――えーと――あれが? あの――あれか、まあ、あの人たちだろうなあ! ――ともかく、話しかけてみるか。
シュヴァルツ 気をつけろ! 誰か来たな?
コジンスキー どうもどうも! 失礼しますよ! 人違いかもわからないんですけどね?
モーア 人違いじゃねえとしたら、俺たちはなんだってんだ?
コジンスキー 男の中の男だと!
シュヴァイツァー 俺たちそんなだったっけか、団長?
コジンスキー 私は男の中の男を探しています。死に直面してもまるで飼いならされた蛇のように危険を身の周りで遊ばせておき、名誉や命よりも自由を高く尊び、貧しいもの、虐げられたものを喜んで迎え入れ、勇者を怖気付かせ、暴君を真っ青にさせるような男たちです。
シュヴァイツァー (団長に)あのニイちゃん、俺は気に入ったぜ。――おい、親友! 探してるのは俺たちで間違いねえぞ。
コジンスキー 思った通りです、私もすぐ仲間になれたらいいのですが。――さて、私が第一に探している団長さんを、モーア大伯爵様を教えてくださいませんか。
シュヴァイツァー (手を出し、温かく)なあ、おい! タメ口でいいだろ。
モーア (近くに来て)団長をご存知ですか?
コジンスキー あなたが――この顔は――あんたを目の前にして、他を探す者がいるだろうか?(長い間じっと見つめる)ずっと、逢いたいと思っていた、カルタゴの破滅を見た男のような、全てを滅ぼす眼光の持ち主に――やっと、願いが叶いました。
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