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73. ロンドン在住

 怖い話?
 内臓とかの話は大丈夫? 事故で……ああ、違うの。
 え、幽霊?
 君が住んでいるところには幽霊はいないのかい? だって、どこにでもいるだろう。ロンドンの観光地ならわんさといるし、そうじゃなくても、そこいら中にうろうろしているじゃないか。
 ふうん、きっと見ようと思ったことがないんだね。
 今度街に行ったら、よく観察してごらんよ。その辺に首が、落ちてるからさ。
 そうじゃなければ、てっとり早く金属プレートのついている家を探すんだね。
 ほら、有名人が住んでいた家屋に付けられている、あれだよ。この辺だと青いエナメルのプレートで、玄関横に「作家 何某の生家 何年から何年」ってやつ。全部の場所には設置されていないし、地区によって色が違ったりするかもしれないけれどね。
 いや、あれ、何のためについているんだと思ってたんだい。
 観光だって? まあ、そういう奇特な人も訪れるかもしれないね。
 僕ならわざわざ、見に行ったりなんかしないけどさ。だって家なんか見て、どうするんだい。ここであの作家のあの作品が書かれたんだ! と感動でもするのか?
 あれはね、『ここはそういう家ですから、気にしないでください』って印だよ。
 そりゃそうさ。幽霊を見たって、いちいち報告されたら煩わしいじゃないか。
 出るのは知っているから放っておいてくれ、ってことなんだよ。なんとかするって、逆に君は何をするつもりなんだ。幽霊なんだぞ。追い出そうったって、人間のようにはいかないんだから。
 面接がある家も聞いたことがあるなあ。
 新規入居者は幽霊に面通しするんだって。え? 本当に、君はなんにも知らないんだな。
 幽霊だってその家に住んでるんだろう。大家みたいなものじゃないか。気に入らない住民が無理やり住み着いても、どちらにも不幸な結果に終わるだけさ。そうだろう?
 だから前もって、これこれ、こういう人間が住みたいのですがどうでしょう、ってお伺いを立てるんだよ。人前には出てこないこともあるらしいね。
 お試しで数日過ごさせて、なんともなければ住めるってやつ。なんともなくなかったら、そうだなあ。別の家を探すだけなら、いいよねえ。
 君はそんなつまらないことに気を揉んでいるけれど、別に家だけが問題にはならないよ。君がよく行く公園……おっと、それは失礼。でも、今だって散歩くらいはするじゃないか。 
 保育園のある教会なんかのプレイグラウンドは、十中八九、元は墓場だよ。断言するね。石碑とか、見たことない? まあね、遊具の場所にはないかもしれない。壁に墓標だけ、移動されていたりするしね。でも地下にはまだ、掘り返されていない人がたくさんあるって話だ。
 時々、死んだのを忘れて、棺桶の中でパニックになる奴がいるそうだよ。
 そういう時は不思議なんだけど、幽霊も棺の蓋を叩けるんだね。それはもう、物凄い音で騒ぐらしい。
 これは僕だって、ちょっと怖いかもしれない。だって幽霊が出てくる時間、夜中に墓所で叫び声が上がったら、誰だって飛び上がるに違いないよ。昔だったら慌てるのかもしれないな。土葬の時代だろう。生き埋めにしてしまった、なんて勘違いしたのかもね。
 まあだから、幽霊なんぞ、恐れることなんかないのさ。
 その辺のリスやハトと同じだよ。ちょっかいを出せば噛まれて敗血症にならないとも限らないけど、放っておけば無害だ。何もできやしないんだよ。
 僕なんかは、突然理解できない話でも始める輩の方がよっぽど怖いね。
 陳腐なセリフだけど、結局人間以上に恐ろしいものなんて、何もない気がするんだよ。


読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。