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2.6. マンドラゴラ:外来種としてのマンドラゴラ

6. 外来種としてのマンドラゴラ


 外来種のマンドラゴラ、特に帰化種として知られるセイヨウマンドラゴラは、キリスト教の伝来とともに世界中に広がったとされている。日本へは江戸時代になってから、まずは乾燥薬が伝わり、その後苗で輸入された。


 薬が高価だった時代、マンドラゴラは一般的には知られていなかったので、ごく一部の人間が栽培するものであった。一般には入手が難しい外来品であること、加えて気候が合うことから、九州のいくつかの大名家が農民に、密かにマンドラゴラを育てるよう命じていたらしいことがわかっている(18) 。


 その後、マンドラゴラは帰化して北へと生息域を広げていったが、知名度があまりに低いため気づかれることなく、結局日本中に分布することとなった。まずは人気のない山に多く生息していたが、近代化で土地開発が進むと、再び人間の生活圏内に生息するようになった。雑草に交じって都市部で(幻想植物としては)大量に「発見される」ようになったのは、幻想動植物が注目され始める2000年代からのことである。


 日本では、地中海気候よりも四季の温度差が大きく、また雨が多いので水を蓄えておく必要がない。このため特に都市部へ帰化したマンドラゴラは、狭小化する傾向にある(例外的に、沖縄では巨大化する)。当然、そうした個体に含まれる化学物質は少なくなるため、伝統的な方法での薬剤利用はほぼ不可能である。毒性植物の活用には有効であるが、一個体が致死量の毒を持つことは稀である。


 マンドラゴラは時に、他の植物に寄生してその養分を奪うことがあるが、寄生主を枯死させないよう最新の注意を払う。それどころか宿主につく害虫を駆除したり、病気の原因になるカビや菌類を排除させたりするなど、他の植物とは良好な共生関係を築くことが多い。ただし、過密状態になると、周囲の植物を「間引く」ことがある。


 在来マンドラゴラ種である人面樹や木霊は、ヤドリギのように木の枝や幹に寄生するため、地中に根を張る外来種との間に競合は起こらない。それどころか、面白いことに、古木にしか寄生することがなく絶滅を危惧されていたいくつかの幻想植物が、外来マンドラゴラが蔓延しはじめた時期から急に、個体数を安定させるようになったのである。


 例えば木霊は、表皮を覆うように寄生することから、大木にしか生息できない。群れで生息する木霊は、複数個体が同じ木にいないと枯死してしまうため、寄生主となれる古木が少なくなった現代において、木霊は絶滅の危機に瀕していた。ところが、外来マンドラゴラが生息域に存在するようになると、木霊は単体でも細い木に寄生して、安定した状態が維持できるようになった。木霊は互いに枝や根を繋げ栄養を共有すると考えられていたが、実はそうすることで仲間とコミュニケーションをとっていることが分かった。この在来マンドラゴラは、孤立してしまうと死んでしてしまうが、帰化マンドラゴラと新しいコミュニケーションの方法を得たことで、絶滅の危機を逃れることができたのである(19) 。


 しかしながら、外来マンドラゴラは在来種にとって良い効果を生み出すだけではない。交雑して、雑種を作ることも確認されている。雑種のマンドラゴラは葉の色が緑に近く、群生する傾向にあるようである。根を守るため、地中深くに潜っていく雑種も確認されている。またいくつかの在来種は、まったく原種のように見えるが、本来それが持たないはずの毒を生産し始めている。


 在来・外来に関わらず、マンドラゴラは本来、成熟期間が非常に長いのだが、近年の報告で多くの幼体が、生殖器官を成熟させていることがわかってきた。これは除草されやすくなったことと、本来なら群生しないはずのマンドラゴラが狭い地区に大量発生することに、生存率を上げざるを得なくなったためと思われる(20) 。外来マンドラゴラと在来種の混雑の歴史は新しく、遺伝的攪乱のみならず、将来の環境への影響力も未知数である(21) 。


18)家計を助けるための内職として、朝顔に擬態させて育てていたらしいことが、ある下級武士の日記に書かれている。特に肥後藩で盛んであった。その割に藩財政が常に厳しかったことから、マンドラゴラを自国に蓄え、有事に士気を高めるために使用するのではないか、と事情を知る周囲諸国は危惧したと言われている。

19)国立在来幻想動植物研究所で、長く瀕死状態だった木霊が急に活発さを取り戻したことを不思議に思い調査したところ、寄生主の根本に発生したばかりの1~2歳と思われるマンドラゴラを発見した。その若いマンドラゴラは地中から木霊の寄生主の根に自らの根を繋げ、木霊とモールス信号のような音を送りあっていることが確認された。

20)元々近接種と混雑する能力を持っていたのかは不明である。早熟傾向も混雑も、環境に対応するための進化であるとする説もある。

21)2018年現在、雑種は発見次第駆除するか、研究目的のみ、完全に隔離された環境での飼育が望ましい、と環境省は喚起している。



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