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10. 鳥避け

 五年くらい前の話。
 あるソーシャルネットワークを介して、鳥避けの試供品を使ってみてくれないかってメッセージを貰ったのね。
 あんまりネットとか得意じゃないから、それまで景品が当たったとか経験がなくて、詐欺かなと最初は思ったんだけど。自宅住所じゃなくて店頭宅配受け取りで良いっていうし、個人情報流出とかもなさそうに見えたから、とりあえず受け取ってみることにしたんだ。
 受け取りも簡単だったよ。なんか送られてきたQRコード? みたいなのをキオスコのバーコード機械で読み込んで終わり。あっさりしたもんだった。
 実物を手にした瞬間は、シリアルのパッケージくらいの箱には全然知らない共同研究センターのロゴが印刷されてあって、怪しいもの受け取っちゃったかな、って後悔した。開けてみたら、パンフレットには有名大学のマークがいくつも並んでて、ほっとしたけどね。
 冊子には都市部の社会問題とか、真面目な内容の記事が載っていた。それがセンターの季刊誌みたいで、アンケートの協力者に興味があるならもっと内容が詳しくわかるように、ってことだったらしい。
 ちゃんと、手紙も入ってたよ。
 噛み砕いて説明すると、「都市部の鳥害対策に開発した鳥よけにどのくらい効果があるのか知りたいから、ロンドン在住の人へ、ランダムにお願いすることにした。アンケートではどこで使ったのかだいたいの地区を教えてほしいけど、全部任意で構わないからね」ってことだった。質問票は一枚っきりで、切手を貼らなくていい、宛先が書いてある封筒もきっちり折って挟んであった。
 アンケートはどの地区に住んでいるのか、どんな鳥がいるのか、問題があったらそれは何か? って項目を選んでチェックする簡単なやつで、あまりに至れり尽くせリだからちょっと驚いた。そんなに腰を低くして頼まないと最近では協力して貰えないのかな、って気の毒なような、世知辛いような気がしたもんだ。製品の設置期間まで、三日から一ヶ月以上の項目で選べるくらい痛々しいくらいの配慮だったよ。
 僕は提出期限が長くてもできるだけ早く片付けてしまいたいタイプだから、二週間後にはアンケートを埋めて送り返した。
 でもその後もずっと、それは窓に吊るしたままでいたよ。
 正直、鳥よけの効果はわからなかったけど、飾りとしては気に入ってたんだ。どこそこに送り返せ、とは書かれてなかったしね。どう始末したらいいのかわからなかった、っていうのもある。
 説明を忘れてたけど、それはガラスの管を繋げて鏡の破片を吊るした、ウィンドベルみたいなものだった。
 昔、畑にCDがぶら下がっているのを見たことがあったから、てっきりぎらぎら光るのかと思ったけれどそんなこともなかった。鏡の裏は黒い紙が貼ってあって、部屋の中へ日光が反射しても眩しいとは思わない程度。なんでベースがガラスなのかな、壊れやすそうだな、って思ったけど、これが工夫であるみたいで、管に空気が通ると笛みたいな音が微かに鳴るんだ。ガラス片に繋がった紐の位置で音が変わるの。音楽として楽しめるほどじゃないんだけど。
 きっと誰にとっても、邪魔じゃないっていうか、外すほどでもないんだろうね。
 ある時、友達と歩いてて、同じ鳥よけが下がってる家を見つけたのよ。
 サッカーの素晴らしいイングランド戦の後で興奮して酔っ払ってたし、その時はちょっと見かけて「あれ、なんだったっけ?」って思っただけだったんだけどね。それに、僕がアンケートを返却して数ヶ月経っていたからさ。一晩中騒いで部屋で雑魚寝して、朝目が覚めて窓の外にあるのを見て、ああ、そういえば……って思い出した感じ。
 起きてきた友人たちとなんとなく鳥よけの話になったら、そのうちの一人が面白がってさ。探してみようっていうんだよ。
 うろ覚えの単語を並べてネットで検索したら、見覚えがあるマークがついた、あの研究センターのサイトが出てきた。
 その名前を僕が使ってたソーシャルネットワークで検索したら、いくつか同じような被験者が見つかったよ。何でもない日常でも、余さずネットに晒す人が意外と多くて、ちょっと怖かった。でもそこまでは、なにもおかしいことはない。
 鳥よけを受け取ったやつがどこにいるのか、調べようって話になった。
 それと害鳥のリストを探して、比べてみようって言うんだよ。大抵、こういった調査の結果は操作されていて、別の数字と矛盾するからって。言い出した友人は統計が専門のやつだから、そこに興味を持ったらしい。
 複数のネットワークグループを調べると、意外なほど簡単に、その人物がどの辺で暮らしているのかが見えてくる。それを友人三人で調べて、僕が地図にそれをマッピングすることになった。部屋にはもうひとりいたんだけど、そいつは前年の鳥害の情報を集めると宣言して、一人で黙々とネットを眺めてた。
 遅く起きて二日酔いがさめるまでのお遊びのつもりだったのが、何故か妙に熱中してしまって、昼も食べずに数時間も作業に没頭していただろうか。
 何十件目かの鳥よけの目印をつけたところで、ふと思いついて画面を縮小してみた。それまでは通りの名前が読めるほど拡大していた地図を、ロンドン全体まで、視野を広げてみたんだ。
 インターネット地図の上に、線が完全ではなくても明らか円が現れて息を飲んだ。
 円の中に、なにかの図形が認められた。
 鳥を調べてたやつは僕の後ろにいたので、たぶんそれを見たんだと思う。
 「ピザ食べに行こう」
 となんの前振りもなく言い出して、無理やり友人全員を部屋から追い出した。ついでにゴミもを片付けると言い、その他を玄関の外に待たせたまま、その辺の袋にビール瓶を詰め込み、まるで自然な動きで窓を開けた。そこにあった鳥よけを外し、ちょっとだけ手の中で転がして見て、そっと重ねて袋に入れた。部屋の主である僕に、何の一言もなく。
 部屋から階段を降りる途中、アパートのダクトシュートに袋を投げ捨てて、僕らは近所のチェーンピザ店へ向かった。
 数分前の熱狂が嘘のように、友人たちは昨晩のサッカーの話をしていた。僕は片付けをした彼に鳥よけについて気が付いたことを尋ねたけれど、「別に」というばかりで、何も教えてはくれなかった。
 そのまま、すっかり忘れてしまっていたのだ。
 ウェストサイドでのムクドリ大量死事件をニュースで見て、なんとなく思い出した出来事。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。