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2.1. マンドラゴラ:幻想植物とは

1. マンドラゴラ:幻想植物とは

 マンドラゴラは幻想植物の一種で、食人木に分類される。古くから同一視されてきたが、ナス目ナス科マンドラゴラ属の植物「マンドラゴラ」とは、異なる種である。分岐する肥大化した根を持ち、引き抜くときに人体に影響を及ぼす音を発する。また、種子・果肉などに有害物質を有することで知られる。

 幻想植物は従来の植物の分類と大きく異なり、主な性質が植物寄りであると判断された場合、すべて幻想動物の中の幻想植物(門)に属する。幻想植物は特に、混合する動植物の特徴のどれを主体とするかで混乱が生じるため、ほとんどが一種一目・単型として分類される(1) 。幻想植物は大きく、超自然的な効力を持つ「神木」と、動物的な生態を備える「食人木」の、二つの網に分けることができる。

 生命の樹や世界樹、仙桃などは、現代科学ではいまだに解明のできない効果・現象を生じさせる幻想植物である。これらは「神木」に分類され、未確認の物質の発見を期待され、主に薬学的な分野で研究される(2) 。ごく局地的な分布しか見られず(実際、すでに絶滅しているものが多い)、外来種となることはほぼ不可能であるとみられている。

 一方、動物的な特徴を持つものは「食人木」に分類する。食人木とは動物を殺して養分にする、食虫植物の一種と考えられている。これには同名の「食人木」、人面樹、マンドラゴラなどが含まれる。食人と名はついているが、含まれるすべての種が、必ずしも人間を襲うというわけではない(3) 。実際、マンドラゴラが食人木に分類された理由の一つが、「人間の血液や精液から発生する」という伝説によるものだが、これは根も葉もない噂である。絶滅したアルラウネ種などは、現存する種よりもずっと動物的に動くことができたため、人を襲うのではないかと危険視された。事実はまったく逆で、彼らの移動能力はもっぱら、危険から逃れるために使用されたと推測されている。

 最も古い食人木の記録は1881年のドイツ人探検家カール・リッヒェによる「マダガスカルの食人木」で、大蛇のような蔓状の植物が、素早く若い女性を捕らえ締め殺したと報告されている。これは1955年、ウィリー・レイが著書“Salamanders and other Wonders”において捏造であったと結論を出しているが、実際には一部を誇張されていただけで、すべてが虚偽というわけではなかった(4) 。

 マダガスカルの食人木は、水分が多く柔らかい多肉植物に似た貯水組織と、収縮自在な線維が組み合わさって構成された、哺乳類の筋肉に近い動きをする構造を持っていた。弾力に富んだ枝はその場を通る獲物が触れることで反応しそれを捕獲するが、実際には、人間を捕らえるだけの素早さも強度も持ち合わせてはいなかったと思われる。

 中央アメリカから南アメリカに生息するヤ=テ=ベオも、蔓状の捕獲器官をもった幻想植物だが、これは神経毒を持っている。大抵の場合、花弁に粘着質な液体を纏わせ、蜜を吸いに来た虫を捕っておとなしく暮らしている。この植物の興味深いところは、乾燥期になると大型の獲物を狙うようになり、それに合わせて毒の成分を調整するところだ。幻想植物たちは、眼や脳はないように見えるにも拘らず、物を見、考えているとしか思えない行動を、しばしばとるのである。

 更なる薬学や超常現象学の発展に期待されるにもかかわらず、幻想植物の研究は発展途上の域を出ない。種によって違いが大きいために研究において共有できるデータが少なく、それぞれの研究が滞りがちであることが、大きな理由の一つに挙げられる。また、例えば「未来予測」や「防衛的攻撃性」などの共通する項目があっても、それを分析する術が、現代科学では確立されていないのが現状であり、幻想植物の多くの研究は証明・実用の域に達するほど進んでいない。それでいて、侵略的外来種として広く分布し、そうと知られることなく駆除される数は、非常に多いのである。

 本章では幻想植物としては珍しく階級分類を持ったマンドラゴラを例に挙げ、より動物的な特徴を持つ食人木種が、帰化種になったことでどのような進化を強いられるに至ったかを考察する。


1)人魚の項目で触れたとおり、幻想植物の分類は保護登録のために差し当たってつけられたものであり、学問的には意味を成さないとして、独自の分類法を用いる研究者も多い。本項の分類法や生態に関する部位名は、ドイツの幻想植物研究家アルベルタ・ケルススの著書“すべての毒”(“Alle Dinge” 1975)第3章から借用するものとする。

2)これらは従来の植物の分類に適応できるとして、幻想動物から外すべきという意見もある。実際、人的な介入がなければ、これらは自然界において、ほとんど従来の植物と変わらない。

3)これらの植物を栽培・育成させる場合に、人間の血液を栄養として与えることが多かったことも背景にある。栄養素そのものを見れば動物の血肉で不足はないが、そうすることで、魔術的な付加価値を高める意図があった。こうしたおどろおどろしい伝説の多くが、貴重なマンドラゴラを不用意に採集されないよう、作為的に作られたものであると考えられる。


4)幻想動植物においてこうした例は非常に多く、奇妙で現実離れした新発見を大げさに語り、研究費を得やすくしようとした結果、かえって信用を失い詐欺と判断される場面が極めて多かった。前章の人魚などでは、大英博物館が現在所持しているミイラはすべて偽物であるが、初期に所蔵されていた本物の人魚を「偽物」と判断し、損傷のひどさもあって処分してしまったという、皮肉な話が残っている。

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