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40. ほとほとと道を歩いていた

 連日の激務に疲れ果てて、ほとほとと道を歩いていた。
 進行先に浅黒い肌の子どもが三人、アスファルトにチョークで絵を描いて遊んでいた。一番小さなひとりが私に気が付くと飛び上がり、それで他も振り返ったと思ったら、口々に「おにがきた」「おにがきた」と囃し立てた。
 なんとも気分の悪い子供らだった。
 しゃがんで背を向けていた時は気が付かなかったが、どいつもこいつも、痩せて肋骨が浮き出ている。それなのに腹ばかり膨らんで、飛び出した目はぎょろぎょろと光っていた。蓬髪で、背の差がなければどれがどれと区別を付けられそうにない。
 それらが「おにがきた」「おにがきた」と魚臭い息を吐きながら、前に立ちはだかって叫ぶのだ。
 身体は泥のように疲れていて、それらを避けて遠回りする気力もない。
 一瞬通り抜けるだけだ、と我慢して歩を進める。子どもたちは二人と一人に別れて道を開け、相変わらず飛び跳ね例の言葉を繰り返している。壊れたレコーダーのように、意味を知らない言葉を反復するオウムのように。
 突如として、猛烈に腹が立った。
 同じ言を繰り返す能しかないのなら、いっそ黙っていれば良いものを。私は大きなうるさい奴を一匹捕まえて、ぺろっと一息に飲み込んだ。胃に収まってしまえばただの子ども、そいつはただちに静かになった。
 残った二匹は歓声のように響く声を上げ、そこから逃げ出そうとしたが、こちらの腕の動きの方が速かった。
 両手は一里に届くほど伸びて、たちまち子らの身体に巻き付いた。ぎゅっと手先に力を入れると、全身の骨が外れて砕けた。扱いやすくなったので、二匹まとめて飲み込んだ。
 喉に力を入れて飲み下す。作り上げた静寂に私は満足したが、それは本当に束の間でしかなく、腹の中で再会した三兄弟が耳障りな嬌声を上げ、喜びに沸いたのには閉口した。
 これなら通り過ぎていた方が、幾分にもましだった。腹の中から直接耳に届くのは、同じ音の繰り返し。
 姦しい子どもを胃の中に抱え、後悔した。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。