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67. のうのうと暮らす憎き

 別れた妻との娘が訪ねてきた。
 家を出て行った元配偶者からは、何年も便りがないままだった。当然、娘の顔だって憶えているはずがない。なんとなく面影があることだけを証明に、家に居付いた他人だった。
 妻憎しから、娘にも愛情を抱けない。
 それはわたしの静かな日常を侵す、居候でしかなかった。それも、それを享受して当然という顔で、目の前をうろうろするだ。気に入らない。
 いつしか妻と同じものと見なして、憎くて堪らなくなった。
 しかし、子どもの癇癪に似た醜い感情を、誰にも知られるわけにはいかない。まして当の本人に気づかれるくらいなら、死んだほうがマシだ。
 わたしは表面は何でもない顔をして、誰にも悟られない心中では存分に、何度も娘を殺した。
 想像の中で若い頃の妻に似た娘は、わたしに絞殺され撲殺され刺殺された。
 溺死させたこともある。それも皿の汚れを落としている最中に、濁って汚い水が張られたシンクに頭を掴んで沈めた。憎しみの分だけ、汚辱を味わわせてやりたいのだ。
 できるだけ惨めな方法で、わたしは娘を縊り殺す妄想に耽った。
 娘は相変わらず飄々と、毎日楽しそうに学校へ通っている。その様子を見ているわたしの、酒量は増えるばかりだった。
 それを知られるのも嫌だから、パブに通うようになる。
 古くて不衛生な酒場だが、毎日繁盛していて、わたしがどれだけ飲んで吐いても、文句を言わないのが良い。安酒の杯を重ね、やがて際限がなくなってしまっtから、慌てて一日に何杯まで、と自戒するようになった。けれど、あまり守れていない誓いではある。
 ある夜、スコッチを飲んでいたら、青い顔をした女がいきなりわたしの肩を掴んだ。
 見ず知らぬ女で、妙に派手な服を着ている。そして目の下の隈に、疲労の色が濃い。商売女かと思えば、どうやら騙りの類であるらしい。
 女はおもむろに、わたしは呪われていると告げた。
 とても強いまじないだという。誰かにひどく恨まれているとか、そういう次元ではない。このままにしておけば、一族断絶の危険もあるという。
 わたしは狂喜した。
 欝々と暮らしながらもまさか、自分の手を汚さずあの目障りな娘が消えてくれるとは思ってもいなかった。わたしにとって、例え詐欺でもその言葉は、輝かしい吉兆に感じられた。
 わたしの反応に戸惑う女に金を握らせ、浮ついた足取りで家に帰った。
 その後はぱったりと飲酒をやめ、ついでにタバコも嗜まなくなった。禁酒禁煙に、忍耐は必要なかった。気がついていなかっただけで、そうする体力はもうなかった。
 月日を追うごとに、体調が悪くて寝込む日が増えていった。
 女の予言通りである。わたしは病床で、その日が来るのを胸躍らせて待った。次に何の不調が来るのか、いつになったら娘の番か、それだけを楽しみに生きている。
 今のところ、その兆しはまだない。
 娘は相変わらずのうのうと、わたしの家で暮らしている。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。