見出し画像

04. あざ

 その少女には字があった。
 一つ一つは小さな赤い斑だが、全身にそれが広がっていた。生まれつきそうなのだ。
 成長すると赤紫色の点が大きくなって中が白い円となり、遠目にはケロイド様に見えるようになった。まるでタバコを押し付けられた、やけど跡のように。
 そのため、虐待を疑われることもしばしばだった。もちろん、そのような事実はない。
 字そのものに、痛みはなかった。しかし、ただあどけない少女にあるというだけで、字はいっそう痛ましく周囲には見えるのだ。
 両親は娘を不憫に思って、何度も傷跡修正治療を行った。
 しかし不可解なことに、字は消えたと思っても、すぐに下からまた浮かんでくる。皮膚を切り取っても焼き消しても、すぐに元通りになった。幼い娘の肌に、形成外科による傷跡が、いたずらに増えるばかりだった。
 やがて、両親は治療を諦めることにした。度重なる施術が苦痛であった娘が、心を閉ざして何事にも無関心となっていったのが堪えたのだ。外見はそれも個性と、受け入れようと心に決めた
 ところで少女の母親は、ジプシーの血を引いていた。
 親の代に定住し、彼女自身はその文化に親しみはないが、昔ながらの放流生活を続ける曾祖母をひとり持っていた。
 曾祖母とはいうが、実際にはどのような血縁関係もない。それを名称として血族内で敬われる存在であり、少女の母親は幼少に一度か二度、会ったことがあるきりだった。
 それが字の少女の噂を聞きつけて会いに来たのだが、娘の顔を見るなり、曾祖母は表情を曇らせた。
 これを字のせいと捉えた両親は、曾祖母に良い感情を抱かなかった。
 曾祖母が何の説明もなく家を飛び出し、車に引かせてきた彼女の家財そのものであるところの荷台の中身をひっくり返し始めたとき、彼らは不快を忘れて恐怖を感じた。それほど老女は、必死の形相をしていたのである。少女はなんの反応も見せなかった。
 やがて曾祖母は戻ってくると、手にしていた古びた羊皮紙の束を広げて、何やら少女の字と比べては熟考していたが、おもむろに取り出した木の枝を舐めると、先に暖炉の灰をちょっとつけて、少女の肌にある字のいくつかを黒く塗りつぶした。
 そして荷物から見つけ出してきた瓶の中身を手にとると、それ以外の赤紫の斑点にこすりつけて、あっという間にそれらをこそぎ落としてしまったのだ。
 幼女の白い肌には、治療の傷跡といくつかの黒い丸だけが残った。
 呆然とする両親へ曾祖母が言うには、少女の字は前世のまじないによるものである。
 星座を模した古い型のようだが、かなり手が加えられているので、はっきりとはわからない。しかしヒトの身体に焼印を入れる手段からみて後ろ暗い目的であることは違いなく、生まれ変わった後にまで現れている時点で、強力な効果があるはずだ。なのでとにかく、切り離すことにしたという。
 ただ、今すぐ全てを消すのも危険とのことで、いくつかは黒子に偽装して残された。
 それらは年を経るごとに少しずつ擦り落とすよう言いつけて、曾祖母は瓶入りの泥を両親に譲った。中身は北ジャカルタの土であるという。何でもこうした因縁は、産土あるいは前身が眠る場所の土でしか消せないらしい。
 両親はごく一般的な育ちであるから、曾祖母のいうことは理解の範疇を越えていた。それでも娘の字が消えたことに素直に感謝し、言いつけどおり誕生日を迎える度に、少女の黒子を一つずつ擦り落としているという。
 ちょうど二十歳になる年には、まっさらな肌になれるであろうという話だ。
 もっとも、少しずつ外交的になった少女は裏も表もないほどすっかり日に焼けて、ちょっと黒子があってもわからないほど、そばかすだらけであるそうだが。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。