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86. 乙

 ある家は霊媒師を生業としていて、不思議な力が血族に受け継がれることが多かった。
 未だに科学で解明が出来ない分野の職業だから、古代のように神と崇め奉る人もいれば、多くの人は胡散臭がって白い眼を向ける。
 そもそも霊媒師とは、魔女には成りきれない者への蔑称である。一人前に魔女の社会で暮らしていけるものは、名前を持たないものである。家名があり、ヒト社会で商売をしているものは、どんなに著名であっても三流であった。
 そんな霊媒師の中でも落ち目だが、それでもなんとか生きていけるだけの収入はあったので、家族は慎ましく平和に暮らしていた。
 そこに、双子の娘が生まれた。
 一人は生まれつき、歴代の霊媒師をも凌ぐ力を持っていて、出産で弱っていた母親は霊気に当てられ死んでしまったほどだった。
 もう一人は、まったく力を持っていない。
 やがて父親が娘たちを置いて居なくなってしまったので、双子は祖母が養育することになった。
 姉妹は容姿が瓜二つ、けれど霊力がわからない人間にも、区別が付かないということは一切なかった。
 強力な姉はいつもにこにこ笑って声も一段と大きく、無力な妹は内気でいつもその影に隠れがちであった。そして末の子はとかく体調を崩しがちで、身体も特筆すべきひ弱さだったという。
 けれども双子たちは、分け隔てなく育てられた。
 祖母は孫娘たちの健康を願って、呪いをかけることを習慣にした。といっても、直ちに効果が表れるものではない。魔女ではないのだ。微弱な言葉しか掛けられないから、せめて毎日丁寧に、幸福を願って言葉を双子の上に被せていった。
 やがてある程度言葉がわかるようになると、それに倣って姉も妹にまじないをかけるようになった。
 もちろん、見よう見まねだから、唱える言葉もあやふやである。そうしたとき、妹がくつくつとおかしそうに笑うのを、周囲は微笑ましく眺めていた。
 血族といっても彼らには、祖母の子ども達、双子の叔父と叔母しか残されていない。どちらも霊媒の才能がなかったので、早くに家を出ていた。更に双方未婚、跡継ぎは見込めそうにない。
 血筋としても、ほぼ没落した家であった。
 親類たちは生まれた姉へ、再建への一縷の望みをかけたこともあっただろう。しかし強すぎる力の故か、娘は知性の発達に問題があるようだった。このままでは恐らく、どんな魔術を使うこともできないどころか、いつか暴発して死んでしまう可能性の方が高かった。
 けれども、そのことが双子を厭う理由にはならないから、叔父も叔母も何かにつけて世話を見、姉妹を慈しんでいたという。
 特殊な一族でも謙虚な彼らは、素朴なところが周囲に受け入れられて、迫害されるようなことはなかった。
 地域の作業など、積極的に手伝う。その代わりにと魔術を信じない人々でも、小さな呪いを買うなどして、家族を助けた。祖母の呪いの効果はあったりなかったりだったから、役に立てば見直され、そんなとき術者は苦笑をこぼしたものだった。
 ただ、娘たちがヒトとして生きていくにしても、豊かでなくても良いからなんとか生きていけるのではないかと、周囲の援助をありがたく受け入れていた。
 痴愚な姉と役立たずの妹はしかし、年頃になるとどちらも立派な魔女に成長した。
 互いの弱点を補う形ではなく、どちらもそれぞれの得意分野に特化した。幼少に危惧されていた、強大すぎてタガが外れるということもなく、生存の力さえ危ぶまれる貧弱さということもなく、両者とも程々の能力で落ち着いたということだ。
 魔女として育てられなかった二人はかなり開けた視点を持っていた。ヒトから受け入れられること広く、呪いに関しては斬新な切り口を見せて、同業者を圧倒した。それでいて、故郷で問題が起こればどんな細々としたことへも誠意を持って対応し、惜しまなかったそうだ。
 双子の神秘で、姉の力が妹と均されたのではないかと推測する人もあったが、真実はわからない。
 二人を育て上げた祖母は教育者として望まれて、後に指導側としてひとかどの人物になった。それでいて、姉妹育成の功績を称えられると、「互いの積み重ねた愛情によるもので、わたくしは何もしていません」と謙遜したそうだ。
 霊媒師としては、没落したと言えるだろう。
 けれど家名は、叔母が始めたパン屋の号に今も使われ残っている。「魔女姉妹のパン屋さん」と言えば、シュガーアイシングのバンズがお勧めだということだ。


読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。