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05. 雨が降らない通り

 テームズ南西バターシーの近くには、十五年間雨が降らない通りがある。
 ここにはかつて、雨女として有名な老女が住んでいた。
 老婆は配偶者を早くに亡くし、一人娘が未婚のまま産み落とした孫娘と、二人で暮らしていた。
 なんせ雨女だから、行商などに向かない。けれども刺繍の腕はロンドン一であったから、裕福ではないが、孫と慎ましく生きていけるだけの収入は得られた。
 彼女たちは息を殺すように静かに生活し、めったに外出もしなかった。
 雨女たる評判に違わず、この老婆が部屋から一歩外に出るだけで、空から雨粒が溢れる。
 通りの一画を歩いただけで風雨となり、バスに乗って隣町へ行けば台風になる。ロンドンの天候が崩れやすいのは、ひとえに彼女がいるせいだとさえ噂された。
 ある時、老嬢の隣人が結婚することになった。
 晩婚になったことでもわかるように、この女性は非常に気が強かった。
 人を人臭いとも思わぬところがあって、若干の暴力性もあり、高圧的な態度でもって老嬢に結婚式当日は一歩たりとも外に出ないよう、命令したそうだ。おとなしい老婦人は逆らわず、そのめでたい日には、絶対に外出しないと約束した。
 ところがその前日の夜、孫娘が喘息の発作を起こした。
 数日快晴が続いた後のこと、ロンドンの空気の汚染は深刻で、娘はほとんど息ができない状態だった。近所の薬局はとっくに閉まっており、手元の常備薬は効果がない。切羽詰まって緊急に担ぎ込み、なんとか症状が安定した頃には、もう明け方になっていた。
 当然のように、その日は雨である。
 結婚式を台無しにされて、新婦は激怒した。
 アパートのドアの前で待ち伏せし、帰ってきた二人へ理由も聞かず殴りかかった。打たれた衝撃で足を踏み外した老嬢は、階段から落ちて死んでしまった。
 それから一滴たりとも、この通りには雨が降らないのだそうだ。
 残された孫娘はサセックスに移り住み、養蜂業に従事しているという話である。

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