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09. 伯爵家の男子

 貴族というものは昔ながらのしきたりやら慣習やらに囚われがちで、独自の掟のようなものを持っているものである。
 某伯爵家の場合は、「当主は必ず直系男子でなければならない」というものだった。
 目新しくはない上前時代的、ありきたりですらある。
 遵守するのも難しくない。子の代に男子がいなければ、孫が生まれるまで持ちこたえれば良く、実際そうして十数代を乗り切ってきたのである。
 それでも三世代ほど前に、爵位存続の危機があった。
 当時の伯爵の娘が、事故にあって夭折したのである。まずいことにこれが、遅くに授かった一粒種であった。学校をやっと卒業したばかり、もちろん結婚はしていない。
 夫人はすでに老齢に近かったが、そのすぐ後に続けて子を成し、六年目には男子を持った。
 双子含む三女と一男。見事に肌も髪も色が異なる。当然のように、娼婦に産ませた子たちだと噂された。
 真実はわからない。が、一人でも家柄が相応ならば伯爵はその相手を家に迎えていただろうから、噂は当たらずも遠からずといったところだろう。事実、存命だった当主の母親である前伯爵夫人が、卑しい血が一族に混ざったことを友人に嘆く発言を残している。
 さて、現在この家はわたしの学生時代の悪友が継いでいるのだが、彼にはすでに「直系の男子」がいる。
 この子が、貴族の子女として申し分ない。
 必要なマナーは完璧に叩き込まれていて、様々な知識に精通している。一度覚えたことはけして忘れず、扱えない言語はない。何より社交性に優れ、誰からも好かれる感じの良さを持ち合わせている。
 もちろん、悪友の庶子ではない。この直系の男子は件の危機の後、前伯爵夫人の命令で用意されたのだそうだ。
 基本は件の夭折した娘の遺体を利用したが、何しろ計画を始めた時には土葬して随分時間が経っていたので、傷んで使えない部位が多かった。足りない部分はその父親である伯爵から補ったということだ(伯爵は夫人が産んだとされる嫡子が一歳になる前に亡くなった。心不全ということだ。遺体は荼毘に伏されたことになっている)。
 とにかく、直系で作られた子であることは確かだそうだ。
 詳しいことには興味がないので、現伯爵であるところの悪友は、詳細を聞かなかった。後に必要となれば、調べる術などいくらでもあるので良いのだそうだ。この悪友、学生時代の素行は悪かったが、そのおかげで今も交友関係が広いのである。
「ただね、そいつ、飲み食いは一切できないんだよ」
 爵位を継いだ後初めて一緒に飲みに行ったパブのカウンターで、窮屈なスーツを着せられた悪友がそう言った。
 泥酔したように振舞ってはいたが、よく知るやんちゃな彼に似つかわしくない、冷めきった目をしていた。
 そして言うことには、例の前伯爵夫人はどういう子どもであってほしいのか、頭脳と礼節に関して事細かく注文したようなのだが、基本的な生き物としての性質を、うっかり設定し忘れてしまったらしい。
 なんせ水さえ飲まないから乾ききって、眠ることもない。
 制作当初の玉のようだった美しさはしなびて見る影もなく、人に見せられるような様相ではない。使い物にならない。けれど直系の血を継ぐ男子であることは確かなので、厳重に仕舞っておくよう、伯爵夫人の遺言なのであるそうだ。
「混ざりものの血を引く僕は、しょせん仮置きというわけだよ」
 そう言って悪友は、鼻の頭にしわを寄せて笑うのだった。

読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。