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2.5.マンドラゴラ: 医療品として

5. 医療品として


 古代から数世紀に渡り、マンドラゴラは魔法学や錬金術において、貴重な薬の原料として利用されてきた。その毒性はこうした分野において、精力剤、媚薬、あるいは不老不死効果を期待されて調合されたが、医学においては麻酔薬として、1世紀にはすでに利用された記録が残っている(17) 。


 中世、象形薬能論が成立するにつれ、病人は癒したい部位に相応するマンドラゴラの部分を摂取することで、自らの病を退けられると考えた。マンドラゴラに性別があると考えられた時代には、女性の形をした個体は婦人病の特効薬として扱われたり、不妊治療薬、あるいはまったく逆に、堕胎薬として使用されたりした。


 マンドラゴラの毒は生息地によって異なるため、様々な効果を期待し相応の育て方をすれば、ある程度求める薬効を得ることができた。ただし、マンドラゴラ科とナス科の「マンドラゴラ」を見分けることができない者は、しばしばこの二つを取り違えては、全く効果のない薬を調合するか、あるいは毒物が過剰となり、死亡するなどした。


 マンドラゴラが貴重であること、育成に繊細なケアが必要であることから、マンドラゴラの専門家は故意に悪しき噂を流すことで、マンドラゴラと人々の両方への安全を図った。しかし、それは同時に彼らの利権を独占することにもなった。そのためやがて、彼らは教会と対立することとなり、マンドラゴラの使用は禁止され、幻想植物専門家たちは「魔女」である罪で処刑された。こうした魔女狩りは単純に人命を奪うに留まらず、研究について記した書物なども同時に一掃したため、当時のいくつかのマンドラゴラの使用方法は、今日では完全に失われてしまった。


 多くのマンドラゴラの伝説では、その誕生は受刑者とその精液に関係して語られる。ある伝承では、受刑者が(主に絞首刑の)刑を執行された際に、激痛から射精した精液が地面に落ちることで、マンドラゴラが発生するとしている。しかし現在のところ、マンドラゴラの有性生殖に人間の精液が関係する事実は見つかっていない。これは、根の形状が男性器を連想させることから作られた、誤った認識であると考えられる。


 しかしながら、マンドラゴラは長い間、多産・受胎効果がある植物として広く知られてきた。例えばヘブライ語聖書(創世記 第30章)をみれば、マンドラゴラが不妊への特効薬として扱われてきたことがわかる。このため研究者の一部は、魔女狩りによって失われた利用方法の中に、マンドラゴラに含まれる未知の科学物質を抽出し、排卵剤、または着床しやすくする物質を取り出していた可能性があるとして、その再発見に期待を寄せている。


 チェコのオテサーネク民話では、マンドラゴラ種らしき幻想植物はそれを栽培する人間の子が逝去した場合、さもその子本人のようにふるまうようになる、という記述がある。これは単に、子を失った母親、あるいは亡くなった子そのものに感応し無意味な造作を見せただけとする意見が優勢である。一方で、民話の子は完全に死亡したわけではなく何らかの理由から植物状態であり、脳波に反応を示したマンドラゴラが、動かない身体の代わりに「義体」として機能したのではないか、とする仮定する研究者も存在する。そうであれば、身体に負担をかけることなく自由に動かすことのできる義手義足が開発できることに期待し、研究者たちは目下、オテサーネクがどのマンドラゴラであるのか(または、あったのか)の、特定を急いでいる。


17)ギリシアの医師、ディオスコリデス(40-90)はワインでマンドラゴラを煎じ、麻酔薬として利用したされる。しかしこれは、アルカロイド系の有害物質を同じく有する、ナス科の「マンドラゴラ」でも同じように調剤することができる。

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