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03. 細道の小石
西ロンドンにあるホーランドパークは、リージェンツパークやハイドパークほどの規模はないが、日本庭園があることで有名な美しい公園だ。
セントラルラインの地下鉄駅を出て公園の名を冠した通りに進むと、邸園時代を思わせる白い壁が来訪を歓迎してくれる。それを辿れば、キョウト・ガーデンへの道はすぐに見つかるだろう。
もちろん、それだけが敷地に入る手段ではない。
周囲の住宅と隣り合っている場所もあるので、いつでもどこからでも、とはいかないが、例えばその反対側なら、ハイストリートケンジントン駅からもアクセスできる。そうしたければ、車で駐車場まで乗り入れることも可能だ。
ある家と家の間に、人が通るのがやっとという細い小道がある。
しかし、これは公園への抜け道ではない。
板塀の間、行き止まりにはカビで変色した赤レンガの壁がそびえ、黒ペンキで彩られた門があり、これは大きな南京錠で閉じられている。
小道の幅そのままの空き地が数メートル続き、突き当りにもう一つ、漆喰の剥がれかけたアーチがある。玄関のないアプローチを考えてもらうと想像しやすいかもしれない。
反対側はおそらく長い年月、雨ざらしのままになっているのだろう。それを見越してというわけではないだろうが、腐っても落ちないくらいに何十にも板が打ち付けられているのが、放置されて高く育った雑草や、絡まった藪の向こうに見えるのだ。
公園側からは普通の壁が続くばかりだから、通常の来園者はその存在を知らない。またこの土地は公園のものではなく、隣接のどちらの家にも所属しないそうである。
数年前のある日、その小道の真ん中にある敷石が一つ外れ、裏に何かが書かれているのを子どもが見かけた。
子が食卓の席でそれを語り、話を聞いた祖父がすぐに石を確かめ、すぐさま町内会議を開いたそうだ。
現住だけでなく、以前の住民までが集まり話し合った結果、持ち回りで夜間、小道を見回ることになった。
多くの住民にとって巡回の意図がわからなかったが、自主的なボランティア活動だったので、誰も文句はない。気が引けたある隣人は参加を申し出たが、丁寧に断られたという。参加者は会議を行った老人に限られた。
老人たちは日の入りから日の出まで、毎日小道を監視した。
それを見た人々は、彼らが入り口から一歩も入らず、石を観察しているのを不思議に思った。そもそも気迫に押されて同意したが、小道を見回ることになんの意味があるのか。
わからないまま日々が過ぎた。
七日目は雨だった。
本来ならその日は左隣家の老婦人が当番だったのだが、あまりに寒い夜だったので、彼女の孫息子がそれに代わった。老人たちの目的は知らされていなかったというが、律儀な青年だから、傘の下何時間も立ったままで、言われたとおりに動かぬ石を見つめ続けたそうだ。
日付が変わった頃には、雲間に月が覗くようになった。暗闇に包まれていた小道に視野が開ける。
敷石の上を、うごめく何かがあった。
目を凝らしても黒い塊としか認識できなかったが、おそらく幸いなことに、孫息子は近づいてそれが何なのか確かめようとはしなかった。黒くて丸い何かが、闇の隅から転がり出て、件の石と周囲の石との細い隙間に吸い込まれる。
とにかく彼には、そう見えた。それを指示通り実直に、ただ遠目に見守った。
明け方までに三回ほど、そういうことがあったそうだ。
日が昇りようやく石の近くまで行ってみたが、夜半の雨はすっかり乾いていてしまって、地面にはなんの跡も残っていなかった。
そうした孫息子の報告の後、程なくして老人たちは見回りを止めた。
更に数日後には、石の上からコンクリートを流し、小道は埋められてしまったそうだ。これは行政から派遣された業者が行ったという。
老人たちが口をつぐんで語らないので、真相は誰にもわからない。
石に描かれていた図案を見た人は、それは五芒星に似ていたが、線がメビウスの輪のように互い違いになっていて、よく見ると歪な線そのものが、何らかの文字の羅列にも思われたという。
ある女性はあんまりにも情報が秘匿されるので、石のマークを放火やテロの目印か何かだと思ったそうだ。
事実、何人かの住民は、今もそう信じている。
読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。