高齢者にとっての、感謝の気持ちとは?
はじめまして、東京都健康長寿医療センター研究所「福祉と生活ケア研究チーム」の小野真由子です。私は「高齢者の感謝の気持ち」を研究しています。
私は以前、ホスピスで看護師として働いていました。ホスピスとは、余命が告知された方々が暮らす施設です。
ホスピスには、本当に色々な方が入居しています。社会的な肩書きがある方、経済的に豊かではない方、家族との関係が良好な方、そうでない方……。その中で、「感謝の気持ち」を持つ患者さんは家族や周りの人と良い関係を築き、穏やかに最期の時を迎えているように見えました。
ホスピスでの経験から「感謝の気持ちは、人が最期を迎える時に何らかの影響を与えるのではないか?」と考えるようになりました。
高齢者の感謝を構成する3つの要素とは?
研究を進めるにあたって、そもそも「高齢者にとって感謝とは一体なんなのか?」を解明する必要がありました。広い意味での「感謝」の研究は海外を中心に行われていますが、高齢者に焦点を当てたものは少なく、日本にはほとんどありません。
そこで、まずは高齢者20名に半構造化面接を実施。その結果、感謝は以下の三つの構成要素から成ることが分かりました。
価値あるものに気づく体験
自己の内と外に向かう肯定的な気持ち
他者への返礼行動
それぞれの構成要素について、詳しく見ていきましょう。
価値あるものに気づく体験
何らかのきっかけによって、自分にとって「価値のあるもの」や「大切なもの」に気づく体験です。具体的には、以下の4つの項目が挙げられます。
年を重ねることで自分を取り巻く他者の大切さに気づく
困難な経験(介護などや病気など)をすることで、大切なものに気づく
残りの時間を意識することで、今あることの価値に気づく
失うこと(家族との死別など)で、与えてもらったものの価値に気づく
先行研究でも示されているのですが、若い人と高齢者の「感謝」は異なります。若い方でも病気や突然死に遭うことはありますが、自分の人生の残りの時間を意識するのは高齢者特有と言えるでしょう。
だんだんと死が近づいて、これまで当たり前にできていたことができなくなってくると「トイレに行ける」「食べられる」「息ができる」など、生きる上で基本的なことに対して価値を感じていくようです。
自己の内と外に向かう肯定的な気持ち
自分の内と外、異なる方向に向かう二つの肯定的な気持ちが、感謝の構成要素の一つです。具体的には、以下の2つが挙げられます。
感謝の源に対するありがたい気持ち
自己を満たす肯定的な気持ち
「感謝の源に対するありがたい気持ち」には、他者からの好意や助けてくれたことに対する感謝の気持ち、恵まれていることへの感謝の気持ちなどが含まれます。
「自己を満たす肯定的な気持ち」には、好意を感じた時に生まれた幸福な気持ちや、自分のために何かしてくれた時に生まれる嬉しい気持ちなどが含まれます。
「ありがとう」の気持ちは多くの場合、自分ではなく相手に向けるものです。でも、感謝を相手に向けることで、自分も嬉しいしポジティブになるでしょう。「嬉しい」気持ちは、自分を満たすものでもあるのです。
他者への返礼行動
これまで自分が受けた恩恵を誰かに返していく行動が「他者への返礼行動」です。以下の3項目が含まれます。
次世代への恩の継承
利益の提供者への恩返し
受けた恩をさまざまな人に還元する
自分が親や上の世代から受け取ったものを下の世代に返すことや、もらった恩を本人ではなくても誰かに返していくことを指します。今までの経験があるからこそ、もらった分を広く社会の人たちに返していこうという気持ちが生まれます。
今回の調査を通して、高齢者の方々は「自分がもらったことを社会に還元したい」という気持ちが若い年代よりも強いように感じました。誰かに何かをしてもらって、ありがたいと感じることはもちろんあるのですが、それよりも「自分の大切な人・身近な人の幸せが、自分の幸せ」など、感謝の範囲が自分だけにとどまらず、他者や社会全体に広がっています。
学術的な研究を、日常に取り入れるために
私が取り組んでいる研究は、もちろん専門的な知識を駆使して行うものですが、最終的にはみなさんの暮らしの中に届けていきたいと考えています。
論文で使われる文言は難しいし、一般の人に分かりにくいところも多いかと思います。でも私の研究の対象は「ありがとう」の気持ちですから、日常的なものですよね。
「感謝ってなんだろう」と、みなさんが日々考えたり、良い気づきを得ていただくことが私の研究の意義だと考えています。
研究というものは、究極、人が幸せに豊かに暮らすためにやっていることだと思います。学術誌によって世界中の人たちにこの研究を届けること、同時に日常の中にも取り入れやすいようにわかりやすく伝えていくことも大切で、達成したいことです。
今後の展望:基礎研究をもとに発展を
今後は「感謝を生かしたプログラム作り」や「感謝の気持ちに気づくプログラム」など、実際に日常生活で役に立つことに取り組めればと考えています。
将来的には、ご家族や周りの方々が患者さんに向ける感謝についても、研究を発展させていきたいです。お互いに感謝をしあうことで関係性も良くなり、気持ちもポジティブになるなど、相乗効果をもたらすのではないかと個人的には考えています。
ただ、課題もあります。感謝を構成する要素について一旦の結果は出しましたが、今回の調査対象は、地域の高齢者の方でした。私がホスピスで接してきた患者さんに同じ質問をしても、同じ回答が返ってくるとは限りません。その点については、さらなる研究が必要かなと思っています。
また、一つ私の中で注意しなければいけないと思っていることがあります。感謝は良いものですが、状況によっては必ずしもそうではないということです。
例えば、介護や看病で追い詰められた状況にいる方に、「感謝は良いことだ」と言ったら、その方はどう思うでしょう?もしかしたら「そんなこと言われたくない。そんな状況じゃない」「今だって必死に頑張ってるのに、何それ?」と、逆に追い詰められてしまうこともあるでしょう。
まだまだ研究は十分ではありません。今回の研究で結論づけた構成要素をもとに、さまざまな人の状況を考慮した上で、さらに研究を進めていきたいと思います。
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