「誰が持つの?それ」と夫は言った
「それ誰が持つの?」
「私が持つわよ」
「そうだよね、それならいいけどさ」
「わかってますから」
奥さんがミニバラの鉢を買い、バラの花も購入するとすかさずご主人がこう言ったのだ。
そのミニバラは小さかった。
「持ってあげて欲しいなぁ」とは私の心の声。
結局鉢はもう一つ買い足し更に増えてしまった。
「それ誰が持つの?」
また聞くご主人。
「ハイハイ、私が持ちますから」
「あ、そう」
ちょっとせつないなぁと思って聞いてしまった夫婦の会話。お会計を済ませるとご主人がサッと荷物を持って歩き出した。え?その荷物…キョトンとしている私に奥さんが言った。
「なんだかんだ言いながらいつも持つのよ」
そういうこと?
良いご主人じゃないですか。それにしても下手だなぁ。最初から「荷物は僕に任せておけ」とか言っていたならどれほど株が上がることか…。
荷物一つのことだけれど、こんなこと一つで人間性が出るのは間違いない。
最初の結婚の時、新婚旅行先のスイスで大喧嘩に発展したのも実は荷物が原因だった。私達の新婚旅行は行先を大雑把に決めた個人旅行。私はバックパッカーであちこち回った経験があるけれど、夫はヨーロッパは初めてだったので予め一つだけお願い事をした。
欧米では女性が重いものを持っていると一緒にいる男性が恥をかくことになるので、申し訳ないけれど重い荷物は持ってもらっていい?と。もちろん任せてお安いご用だと言ってくれ、荷物だけじゃなく彼は英語が得意だから旅先では任せろと言う。ともかく頼もしい存在だった。
ところが実際は外国人相手に緊張してしまい、道を聞くにも間違えない英語で話しかけたいようで、文章を頭の中でまとめるのに時間がかかってしまうのである。話しかけられた相手が困った顔をしているので、すかさず私が身振り手振りと単語を並べて話すという場面もあった。
数日が経った頃からかなんだか夫が機嫌が悪い。気を遣って話しかけたり、好きそうな食べ物のレストランを選んだり、カフェで休んだり、何をしても不機嫌。ついに夫も限界がきたのか口を開いた。
「俺は荷物を持ってるんだから、ホテルくらい探してよ」
「英語が得意だから任せてって言ってくれてたんじゃなかった?」
「俺ばっかり荷物持ってるんだからさ、何かやってよ」
ともかくどこかで落ち着いて話をしようと近くの河原に腰を下ろして話をした。知らない土地で喧嘩だけはしたくないと見たことのない景色に助けを求めたい気持ちで一杯だった。
夫とはいわゆる電撃婚だった。
一緒に帰宅をすると真っ先に炬燵を温めてくれ、食後の食器はいつも洗ってくれていた。なんて気の利く優しい人だろうと思って、良い人で良かったなと毎日感謝していたのに、それがこの時に驚くことを聞いてしまったのだ。
「俺が何かやると君は喜ぶからさ、君がやってくれたことには返すのが俺のやり方」
「それってどういうこと? 」
「君が一やったら一を。十やったら十を返すってこと。俺は旅行中ずっとやってやってる。だから君もやるべき」
「私が何もできないような状況の時は?」
「やらないか、時と場合による」
私は遠くの雲を眺めていた。一緒に暮らしてきたこの10ヶ月私は何を見てきたんだろうと。怒りの矛先は自分しかない。情けないかな、このとき初めてこの結婚は間違えたのかもしれないと思ったのだった。
まさか私が成田離婚?
帰ってから考えよう。この日はスイス人の友人と久しぶりの再会が待っていた。
そしてこの後まさかの展開が私の人生を大きく変えた。大好物のチーズとクリーム系の食べ物を身体が受け付けなくなったのだ。悪阻が始まり、私から成田離婚の文字は消えることになるのである。
この結婚で私は二人の子を授かり、お互いに努力をしたものの、婚姻関係は9年で終わりを迎えることになる。
女盛りと世間で言われる30代40代を子育てで必死に働き、VTRの早送りのようにあっという間に20年の時が過ぎ、私の人生はそこでチャーリーさんと出会うのである。あ、チャーリーさんというのは見た目下町生まれ下町育ちの寅さんみたいなうちの亭主のこと。ニューヨーク在住も30ン年ともなるともう中身はアメリカ人。そしてチト厄介なのは変な時に江戸っ子が出て、都合良くアメリカンになるっていうね。ただ荷物を持つ時は確かにアメリカンだわ。とってもスマート。もっとも「テヤンデェ、おんな子供に重いものなんざ持たせられっかい」って江戸っ子もそう言うか。
そう再婚した夫は黙って荷物を持ってくれる人だったとここで気づく私だった。
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