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深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている。

うつし世は夢、夜の夢こそまこと
江戸川乱歩

時折、社会を震撼させる凄惨な事件が起こる。             犯罪史上最悪と名高い複数の少年らによる、女子高生コンクリート詰め殺人事件。
横溝正史 著 「八つ墓村」のモデルになった有名な津山事件
葉真中顕 著の「ロストケア」を彷彿とさせる、
相模原障害者施設殺傷事件など、犯行の動機を知っても、
到底理解できずにぎょっとするばかりだ。
しかし、犯罪心理学や教育心理学、発達心理学など、一連の心理学関連の書物を読んでいると、まぎれもなく、これらの凄惨な犯罪は、
私たちと同じ人間のやった行為であることがわかってくる。
しかし同時に、どんなに想像しても越えられないモノの存在にも気づく。
そして、強烈な不快感に苛まれる。

本書は、1977年カイガイノベルス刊、1984年角川書店刊を再編集して復刊した、竹書房 刊「異色短篇傑作シリーズ」 第1弾、書籍初収録の暴君ネロ、
異端の神話を加えた「断頭台、疫病」だ。
日本SF傑作シリーズ 堕地獄仏法/公共伏魔殿 に次いで、ラインナップがポプテピしすぎるよ、竹書房。

本書には、はまり役をあてがわれた、
ぱっとしない俳優の事の顛末を書いた表題作「断頭台」を筆頭に、
山村氏自身が軍事疎開した高知県新居村に赴任した新聞記者が、
十数年前に起こった心中事件の真相をたどるホワイダニットミステリーの「女雛」、とある復讐のためだけに生きていた少年と、
彼に好意を寄せる少女の危うい心理を描いた「短剣」など、
初期の怪奇幻想、本格、SFミステリーの傑作がズラリと並ぶ。
扱う舞台も、フランス革命から神話までかなり幅広い。

この作品群は、1957~1964年の間に書かれたもの。実に半世紀以上前だ。
だから、対物性愛心理や、通常ならば凡そ感じることのない場面での
耐え難い閉塞感、統合失調症を疑う心理描写は、
なるほど執筆当時は異常心理だったかもしれない。
けれど、今やそれらは異常でも何でもなく、むしろ共感さえ連れて、本書の中で圧倒的に存在していた。
特に「暗い独房」は、実在する少年犯罪のノンフィクションの如き錯覚に陥った。
こんな事件、あってもおかしくない。
いや、読後の今も、既に起こり続けている気がしている。

また、本書には、現代と照らし合わせた時に、多少差別的表現が散見されるが、それも併せて、当時の一般的な考えを特に若い人たちに知って欲しい。
たった十数年前まで、統合失調症は精神が分裂する病気と呼ばれ、
パーソナリティ障害は直せない人格の障害で片づけられた。
そして、それが当たり前で良しとされる認識だった。
正常と異常、正義と悪は、いとも簡単に変わっていくことを知る。

どちらの世界がうつし世かわからなくなってくる、
じっとりと心が脂汗をかくような山村正夫ワールド。
こんなにすごい作家がいたことに驚いてほしい。

ただし、読むときは、
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」               ことをくれぐれもお忘れなく。

https://www.instagram.com/p/CEv-7NOj4pV/

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