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#345 『指揮者に求められるもの』

本日は、指揮者の小林研一郎さんの「指揮者に求められるもの」についてのお話です。小林さんは、東京藝術大学の作曲科・指揮科を卒業後、第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで1位となります。ヨーロッパの一流オーケストラを指揮していき、2002年「プラハの春音楽祭」では東洋人として初めてチェコ・フィルを指揮しました。

"ブダペストのコンクールで優勝した後、いろいろなところからオファーをいただいたのですが、その一つがイタリアの一流のオペラ劇場でした。一度はオペラを指揮してみたいという思いがあってお引き受けしたのですが、超一流の音楽家がいる劇場にイタリア語が喋れない日本人の指揮者が行くわけです。"
"二日後の新聞、「イタリア語も話せない東洋人の指揮者が伝統あるオペラ劇場で指揮」「なぜそんな東洋人に指揮をさせるのか」と嫌味たっぷりに報じられたんです。...ところが、蒼白になりながら後ろを振り向くと、オーケストラのメンバーは心得たもので「でも俺たちはちゃんとやってきたよ。小林はイタリア語は喋れないかもしれないけど、いい音楽をつくってきたよ」という顔で僕を見るんですね。"
"この日の楽曲はヴェルディの『ルイザ・ミラー』というとても難しい曲でした。いまやれと言われても絶対にやりません。そのくらい難しい曲なんです。それでもオーケストラはこの日、その『ルイザ・ミラー』をさらに美しく、さらに人々の心に響き渡るように見事に演奏してくれました。7分ほどの序曲が終わった瞬間、何と会場全員が総立ちになったんです。「ブラボー」という声が響いたり、口笛が鳴ったりイタリア人特有の大歓声でした。その時は本当に地獄から天国に上ったかのような感覚でした。"
"僕の指揮者としての一貫した信条ですが、オーケストラの一人ひとりをひたすら尊敬するんです。なぜなら、ヴァイオリンにしろチェロにしろ、彼らは大変な天才なのですから。楽器を持たせたら、僕などどんなに頑張っても寄りつけない。その相手に接する時に、ちょっとした言葉一つによって、まるで僅かに開いた風呂の排水溝から水が全部漏れてしまうように、演奏会のすべてが台無しになってしまうことだってあるんです。"
"そうならないように、超天才の集団として一人ひとりを認め、羽ばたかせることんできる煌めく時間をつくるのが指揮者の役割です。その時に初めて聴衆の心に大きな火を灯すことができ、心に訴えることができると思っています。"


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書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
2021/12/11 『指揮者に求められるもの』
小林研一郎 指揮者
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※Photo by Arindam Mahanta on Unsplash