激しい雨で前も見えない。――成長小説・秋の月、風の夜(14)
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赤こんにゃくを買いこんだまでは良かったが、サービスエリアから出て十分走らないうちに、大粒の雨があたりだした。
「しまったなあ」
みるみるうちに、激しい雨になっていく。
前が見えないほどの豪雨。路面も見えない。
左ラインだけが、白く前へ続いている。あとは、全部がミルクホワイトと水しぶきだ。
さすがに、追い越し車線から、注意をしながら左へ寄る。
「パーキングエリアで雨宿りした方がいいかなぁ」
視線は前にくぎづけ、ハンドルを両手握りで固まったまま、高橋は助手席の四郎に問う。
「つっきった方がええ、ほんの五分や」前をみたまま、四郎はそう言う。
「五分」
その五分がおそろしい。
高橋はつとめて深い呼吸をしながら、つとめてハンドルもアクセルも動かさぬままで耐えた。ワイパーの単調な動きと、かすかな左ラインと、ミルクホワイトの前景と、ぼつぼつと大きな音をさせて降りしきる嵐雨とになるべく影響を受けないように。
前方にトンネルが見えてきた。
高橋がふうっと大きく息を吐いた。
トンネルに入ったとたん、叩きつけて車がこわれるような雨粒のラッシュからのがれた……深い息をつく。
「……トンネルを、こんなにありがたいと思ったこと、ないよ」
「そうか」
四郎は普段どおりの返事をする。
「……あっ」
トンネルを抜けたとたん、驟雨(しゅうう)が小やみになった。
「山一つ越えると、天気がものすごく変わるのか……」
(聞いてはいたが、こういうことなのか……)と、高橋は深く息を吐いた。
「四分で済んだ、よかったな」四郎が、ホッとした高橋をねぎらうような声で言った。
――やまん雨は、ないな
ふいに「奥の人」が語りかけてきて、高橋はその不意の声に、驚いた。四郎も。
「……そうやな、奥の人……」
四郎がなにか、つっかえたようすで、答えた。
「……俺らも、いろいろと、終わりにしたいな」
ちょっとだけ、凄みを帯びた応答になってしまったなと、四郎は気持ちを沈ませた。
高橋は、何も言わなかった。
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