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いちど見ただけで再現ができる。--秋の月、風の夜(28)

営業時間は従来通り。その上で、ツカサも寿美ちゃんも週二日の休みを取れるように、体制をみなおす。運転をしながら、口ごもるツカサのホンネを引きだし、高橋はそんな落としどころへ持っていった。
「ツカサ、あんまり思いつめるな。店を長持ちさせるのと、恋を長持ちさせるのは、たぶんおんなじだ。僕も恋についてはへたくそすぎて、よく知らないがな。康さんと僕と、ときどき寿美ちゃん混ぜながら、ちょっとずつトライアンドエラーしていきゃ、いい話だ」

電話が切れてから、康三郎はぼそりと言った。

「俺も、ほんとは十日か半月に一回の通い方にせんとあかんかもしれん」
「まあねえ、徹さん倒れたあとだし、樟涛館(しょうとうかん)も康さんいないと回らないしねえ」
「いかん、兄貴に電話しとらん!」急に康さんは自分の荷物をがさごそしだした。

(無口なだけでなく、報告連絡相談が不器用な人だなー) 高橋は運転しながら、康三郎の言い訳じみた電話をきいていた。四郎と非常によく似た顔だちの康三郎だから、ときに四郎が中年にさしかかったらこんな感じだなと錯覚する。年を食った四郎が逆立ちしてもしなさそうな言い訳が、むずがゆすぎておかしかった。

有馬先生の自宅に出向く。いつもの通り、横に流した松の枝が出迎える門構え。
見るからに寝不足で、だけどもどこか爽快な、有馬先生の顔。四郎と二人で一心に仕事をしていたようすがわかる。
泊めてもらった四郎が、有馬先生のうしろから出てきて康三郎にたじろいだ。

「おじさん……なにしに来た」
嶺生(ねおい)の惣領のきつい瞳が、康三郎を見据える。十人が十人、目を合わせると恐怖のあまり視線をそらすまなざしを、四郎は康三郎にまっすぐあてた。よその人間を恐怖に叩きこまぬよう、目を合わせられない四郎だ。父とおじと高橋の目だけは、真正面から見る。
康三郎は固まった。
現時点でまったく怖がらずに目を合わせられるのは、高橋だけだ。

高橋は有馬先生に康三郎を紹介して、意図を告げた。
「実況見分に手まどってるって警察の人に聞いて、四郎のお父さんの弟さんを連れてきました。樟濤館(しょうとうかん)の師範なので、再現と動きの説明に手をかりられれば、四郎が早く放免されるだろうと思って」

有馬先生は「いつも甥ごさんには、すばらしい仕事で支えてもらっています」と康三郎に語りかけた。「昨日は思わぬことに巻き込んで、申し訳ないことをしました。本当に助かりました」
「そう……ですか。お役に立っておりますか」康三郎は、深く有馬先生に頭をさげた。

四郎は康三郎になにもいわず、手荷物をとりにいった。有馬先生の奥様にお礼のあいさつをする声がきこえる……

車の後部席で、有馬先生と四郎の話は続いた。思ったより仕事の進みの回復は速くて、このあと六号分の展開が準備され終わっているようだ。

高橋は広徳館の横手に車を停めた。警察車両群から離れたところを選ぶ。
昨日電話した捜査責任者に、康三郎を引き合わせにいく。
「顔そっくりですねー。おじさんと甥ごさんですか。むちゃくちゃ似てますねー」
そこ、やはりつっこまれポイントですか。

昨夕、病院で手当をうけた和臣先生は、警察署で朝から缶詰らしい。
現場の実況見分は、昨晩やっと三人目まで記録をとった……と聞き、康三郎は録画をみせてもらった。
黙ったきり画面に見入る。表情を変えないが、甥のみごとな動きをひたすら追っている。
録画の中で四郎は、家伝のひねりや肩打ちを一切使っていない。録画されてもいい一般的な合気の型に、すりかえて動いている。

「四人目からですか」康三郎は上着を脱いで、四郎と同じくはだし。「ここらか」と立ち位置を四郎にきいた。
「ここでこっちむきから」四郎が場所をなおした。記録係がなにやら書きはじめ、別の係が写真を撮影した。

四郎が座りこみながら、康三郎の膝裏に入り、足払いをくわせる。康三郎は録画どおりの体の崩し方をちゅうちょなく見せ、四郎が康三郎の背を支えた。「こっちの腕で後頭部から叩き落しました」

「わかりやすい!」ギャラリーから拍手が上がった。
「そのとき、そこの位置からあごひげの人が大声だして……」四郎が説明をしている間に、康三郎はさらに画面で見た五人目の立ち位置を推測して、移動する。こんどは四郎が直すまでもない。「こっちから近づいて」

(すごいな)高橋は康三郎の動きに瞠目(どうもく)した。
「いちど見ただけで、やられたほうの位置どりと動きの、再現ができるなんてなあ……」
有馬先生が話しかける。高橋は黙ってうなずいた。
樟涛館(しょうとうかん)での稽古でも今ここでも、自分の心情は脇に置いて、ひたすら康三郎は四郎の役に立つ動きだけをする。みごとだ。

今度は竹刀を担いで缶を投げつけた人物の動きを再現している。ふたりの動きのなかに、持ってはいない竹刀が見える。

記録係が追いつけるように、写真係がほしいショットを撮影できるように、ゆっくりとふりかぶり、ちゅうちょなく体を崩す。人並みはずれた筋力と重心感覚がなければ静止できないであろう位置で、傾きを止める。記録係が書き留めると、二人とも続きの動きをはじめる。康三郎は四郎の下支えが入る前提で、それがなければ床に叩きつけられる体の崩し方に徹し、四郎は自分の動きを振り切り、倒れこむ康三郎をぎりぎりのタイミングで支える。

ひとりあたり約四分ずつで、着々と見分が進んだ。



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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!