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あのひとのここが好き。そして困ったことにもう一人ーー秋の月、風の夜(6)

人をモノのように扱うご先祖さまや「奥の人」のようすが、四郎の中でわきあがってきてしまうとき、奈々瀬に気取(けど)られないようにしてくれる。

……シャットアウトしようとしてくれる、そういう四郎の気もちが、奈々瀬は、好きだ。


話の通じないぐちゃぐちゃなご先祖さまたちと、大喧嘩になってもいいから、四郎に触れたい。
「奥の人」がどうしてあんなに悪魔っぽくなってしまったのか、「奥の人」じしんに問うてみたい。
人間を何だと思っているのか。どうして四郎を苦しめるのか。そのどこかおかしな価値観と、ケンカになってもいいから、立ちすくんでもいいから、ぐうの音もでないぐらい返り討ちにあってもかまわないから、問いかけてみたい。

その上で、もう体のない、人生を終えた人たちを全く無視して、四郎と手をつないだり、四郎の肩にもたれたり、したい……


奈々瀬は、枕をひっぱってぎゅっと抱きしめ、頬をつけた。


無口な横顔をみていたい。時折見せてくれる意外に晴れやかな表情や、嬉しそうな笑顔を横からみていたい。
高橋ひとりが平気で、まっすぐ見ていられる、四郎のきつい目、深い瞳。他の人同様、奈々瀬は、あの目が、こわいのだ……
だから、横顔。
長いまつげの横顔の、シャープなあごの線の輪郭をみているのが、好きだ。
細い長い指が、なにか器用な手作業をしているのを見るのも、とても好きだ。

一撃で人を倒し、容赦なく壊すことのできる、あの技量が、奈々瀬は、こわいのだ……

でも、それでも、ストイックに稽古をかさねた腕や背にふれたい、体を寄せたい。必死で逃げていたとき、追いかけて呼びとめてくれた四郎。コートを着せかけ、マフラーを巻いて、あたためてくれた四郎。もう動けなくなっているところを、なぞってつないで、すんなり歩けるように支えてくれた四郎。ナイフにも、拳銃にも、全くひるまず、相手を仕留めるべく突っ込んでいく。うしろにどんな恐怖を抱えていようと、あれほど鮮やかに動く。

泣いた時抱きしめてくれた、あの感触が残っている。肩をかしてくれて、鼻緒ズレした足指の砂を払って、ばんそうこうを貼ってくれた。すそがはだけないように斜め正座のように足をまとめて、片手で軽々おぶってくれた。あたたかいというより熱い背中に、頬をおしつけて、背負われていた……

――傷してまうのが、おそがいんやて。
それを言ってくれる四郎だから、大丈夫……という感じも持っている。外をとりつくろって、内側の自分に取り組まない人が、犯罪に走ることぐらい、よく知っている。だからずっと、ずっといたい。一緒にいるうちにどんどん、四郎が安心できるスペースを増やしたい。


……一方で、ずっしりと重量感を増していく高橋への感情に、奈々瀬は困っていた。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!