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そんなに話してたんだ、ふたりで。--秋の月、風の夜(33)

「基本は父に習ったNLPの中の、なんとかって記憶まぜるのとか感覚や記憶の上書きとかなんですけど。四郎に教えたら、あのひと迷惑かけないようにって、好きなきもち消しちゃったんです。……だから、あんなことになってた」

「いっぱいいっぱいでけなげなことをする分、悪いヤツだね、四郎は」
「ふふ」
高橋の声に、あたたかいものがこもる。四郎と高橋との絆がどれだけ深いかがわかる。
「きみと、四郎の話をたくさんできるのが、嬉しい」

高橋はまっすぐ、奈々瀬を見た。「楽になった、ありがとう」
「いいえ」
高橋は、はじめて酸素の吸いこみかたをならった中学生のように、ゆっくりゆっくり深呼吸をした。顔つきがあかるくなっていた。

それから高橋は、こんなことを言った。
「……きみが、だいじな初恋の思い出を消されちゃってるとは知らずに、電話で長く長く、四郎のご先祖さまバナシを、きいてしまった。奈々ちゃんの気持ちを、ひどくゆさぶったと思う。間の悪さはどうしようもないとはいえ、僕はとんだことをした」

「……わたしこそ……すっかり……甘えちゃって」
だんだん、高橋の顔を見られなくなっていく。

ピーチパフェとアイスティーがきた。
氷ぬきでも分量を増やせませんが、いいですか?と聞かれたアイスティーは、それでもグラスにたっぷり注がれて運ばれてきた。

高橋は、続けて奈々瀬に話しかけた。
「四郎と奈々ちゃんをゴールインさせるために、僕はなんでもする。二人の幸せを妨げるような立ち位置は、とりたくない。
奈々ちゃんのことを、僕はとても好きだ。
そうしていつもの僕は、誰かを好きになったら歯止めがきかない。

四郎は僕にとって、生涯ひとりの親友だ。その親友を失うぐらいなら、僕はそのほかのものを全部あきらめる。
四郎の命綱になろうと思ったくせに、その命綱に自分でナイフをあてている自分が嫌いだ。
だから奈々ちゃん、いつも、僕のふるまいがケシカランな、よろしくないなと感じたら、“生涯ひとりの親友を失ってもいいんですか”って、釘をさしてほしい」

「……」

「ムチャぶりしすぎ?」頬杖をついて、高橋は軽く問う。
困ったような顔で、奈々瀬はうなずいた。

「だよね」高橋は窓の外を見た。そして、「……どうして四郎が大津で足止めをくらってるか、話していい?」と、奈々瀬にきいた。
奈々瀬は、だまってこくりとうなずいた。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!