出張の現場をヒアリングでいい感じにするという私的な挑戦
昔から出張の多い会計士人生を歩んできた。BIG監査法人にいたころは、全国に拠点を有するメーカーのjobを部門が抱えていたこともあり、スタッフは年がら年中地方巡業みたいなことをするものと相場は決まっていた。
その頃行ってた工場往査みたいなものは、なんしか拠点に行って、1日~2日でいい感じに管理上の問題を指摘したりすればそれでいいものとされていた(たぶん)。決められた手続きはあるっちゃあるけど、それよりも何かを発見することのほうが重要。そんな感じだった。とにかく問題点を発見しようとすると、わざわざサンプルを抽出して件数を絞ったりする必要はない。証憑の束をドサッと借りて、ひたすらレビューしていくといった手続きをやれば良いわけである(*1)。
例えば、段ボールにこんもり入った入庫伝票をひたすらめくっていくと、特定の輪ゴムの束だけ全部上長押印が漏れているといった趣深いエラーに出くわすことがある。おれはそういうのを見つけるたびに、普段その工場がどんな感じで仕事をしているのか、そして監査が来るとなると、どういう対策がなされているのか、そんなことを想像し、その生活感を面白く感じる一方で、しかし我々はことによると思ったより薄い氷の上を歩いているのかも知れないな、などと少し背筋が寒くなるのを感じたりしたものだ。
いくつかやると決められている手続きもあって、「オフコン(*2)」的なシステムからビビッと出力されるなんかデカい紙の在庫の一覧みたいなものを何枚も眺めて、把握されていない滞留在庫を探し出したり、売掛金の入金管理資料を眺めながら担当者になんだこれはとヒアリングをしたりとか、そういう定番のもあった。もちろん、売掛違算や滞留在庫を甘く見てはいけないことは会社もよく知っており、重ねて指摘事項や報告事項にするのもなんだかなあと思う部分も少しあったが、外圧みたいなものとして会計監査を利用している面もあるのだろうし、仕事は仕事として粛々と任務をこなしていた。
しかし、そういうのは、いずれだんだん飽きてくる。滞留債権や滞留在庫が発生する理由やその言い訳などに、そうそうバリエーションがあるものでもない。まいどまいど、外からやってくる会計士に同じようなことを同じように聞かれ、代り映えのしない指摘をあげられることを、現場の人たちはいったいどう思っているのだろうか、そんな事も思ったりもした。
そんな中、自分が見つけた密かな楽しみが、ヒアリングをいかにいい感じに行うか、というチャレンジだった。盛り上がったヒアリングからはリアルな良い指摘が出る・・・・とも限らないが、少なくとも追加の資料依頼等への対応は良くなるし、次年度以降の監査対応にも何かしら良いことがあるに違いない。そんな言い訳を用意しながら、少しでも仕事に退屈しないように、「楽しいヒアリング」を理想に掲げてなぞの努力を始めたわけだ。
受ける側にとって、監査というのは決してうれしいものではない。担当者のキャラによっては、どうやっても塩対応を脱することができなかったりもするが、それでも、取り組みを続けていると、いくつかいい感じになりやすい方法論のようなものが見えてきたりもするものだ。少し例を挙げよう。
「寄り添い型」ヒアリング
うまく行きやすいパターンの例として、悩みごとを聞くかのようにヒアリングをする、という方法がひとつある。いわば「寄り添い型」だ。これは実際の担当者から話を聞くときに役に立つことが多い。
だいたい、債権が滞留したり、在庫が滞留したりするのは、その注文をとって来たやつがそもそもちゃんとしてなかったり、販売先がいくらなんでも勝手すぎたりとかいい加減だったりとか、なんかしらそういう事情があるものである。そして、管理部門の人は、日ごろから困ったなあと思っているわけだ。誰だって、監査のたびに、なんで回収できてないんですか?などと聞かれたいはずがないし、だいたい日常的な管理においても、そういう残りかすみたいなのがたまっていくのは面倒なことこの上ない。出来ればそういうものは無くしたいなあ、などと思いながらも、様々な要因で、どうにもならずに残ってしまっているものが売掛違算だったり、不動在庫だったりするものなのである。
つまり、管理の事務をやっている側からすると、他のやつのおかげで、監査対応に時間を食うという面倒ごとが発生している、という状況になっているともいえる。そこで、それがフェアな評価かどうかはおいといて(*3)、「それは大変ですねえ、営業何やってんすかねえ」、という「共感」的な姿勢でヒアリングをかけると、うまくいけば、「この人はなんか話を分かってくれる人だ!」という雰囲気を醸せたりする。そうなるとこっちのもので、「これは申し訳ないですが指摘にあげさせてもらいますね(*4)」、「当然ですっ!あり得ないですから!」というように、少なくとも現場の空気としては良い感じに終わらせることが出来る、という寸法だ。指摘事項の撮れ高が十分になったら、あとは適当に「USJってどうなんですか?一回行ってみたいんです!(*5)」みたいな雑談に応じておけば、それはもういい感じに一日が終わるというものだ。
「寄り添い型」のヒアリングは、「あの人はきちんと話を聞いてくれた」という満足度や納得感につながりやすい。問題がなんかあることぐらいは誰だって知っているのである。ただ、言い分を聞いてもらったうえで、客観的な意見として指摘事項が出てきたのか、テンプレ的にありきたりな指摘事項が出てきたのか、それは報告に至るまでのプロセスでかなり印象が変わってくる部分のように思う。そして、その後の解決に向けたモチベーションにも下手をすると影響を与えかねないのではないか、と思ったりするところである。
「武勇伝型」ヒアリング
もう一つ、いい感じのヒアリングをする際にうまくいきやすいのは、「武勇伝型」だ。これは、部門の役職者や拠点の長のように、それなりの立場がある人からおおざっぱな話を聞くときに向いている。誰にだって(組織にだって)ヒストリーがあり、思い出がある。そして、多くの人にはそれを語りたいという欲望があるわけだ。自分語りはエンターテインメント(*6)なのである。
これは非常に簡単で、単純に数字や情報を聞き出すのではなく、なにがきっかけだった?なぜそうした?というストーリーを聞くようにヒアリングをかける、というだけの話だ。ところどころ、「スゴイじゃないですか!」とか、「それ面白いですね!」とか、「いやー、それ悩むなあ、どうすりゃいいんだ・・・」みたいな合いの手を適度に放り込んでいけば、自然と「と、思うでしょ?そこで我々は・・・」と武勇伝っぽくなってくる。コツは、成功談であっても、裏にある「苦労」や「工夫」の部分にちょいちょい話を振ってみることだ。
やっていることは、色々とご苦労された(されている)のでしょう?という「寄り添い」に適度に「賞賛」をプラスするだけと言えばだけだが、ポイントは、私は数字やどこかに書いてある情報ではなく、「あなた」もしくは「あなたが大事に思っている組織」に興味を持っています、という姿勢を示すところにあるような気がする。
脱線(*7)しがちな話で長時間ヒアリング対象者を引き留め、往査の時間を費やすことに問題が無いわけではないが、まあ、ご機嫌に喋ってくれている分には少なくとも現場は盛り上がるのである。
「現場をいい感じにする」は実際役に立つ
こういう経験で学んだ「自称いい感じのヒアリング術」は、独立してからもちょいちょい役に立っているように思う。大手に頼めないようなスモールなDD案件、ビジネスの概要を文書化するためのヒアリング等々。時には「これはもはや興味本位なのですが・・・・」などと言ってしまいながらも、なにか面白い話を聞き出そうというスタンスで仕事をしている。
それが、レポートに載らないような背景情報の取得・提供機会になることもあるし、ターゲット会社から、「これ、いずれにせよ処理しないといけないと思うんですが、普通どうするものなんです?それがわからなくて、ずっとおいてあるんです」という悩みを引き出し、「では、買い主さんと話をしてみましょう」とつなげ、その場で検討課題を共有・整理できるぐらい、オープンな雰囲気を作ることに寄与することもある。そういうことが、その後の仕事がスムーズに進むことにつながりやすくなる、みたいなこともあるかも知れないし、なんなら自分もまた仕事にありつけるかも知れない。
自分は特に大きな看板をしょっているわけではない。当然ファームが要求する品質水準のようなものもない。同業者と比較すれば、きっと成果物のクオリティなどひどいものだろう。その差をどう評価するのかはクライアント次第で、全体的にコスパも含めて満足であれば次も仕事が来るし、やっぱクオリティがなあとなれば、次は仕事が来ないだけだ。もともと単発の仕事であれば、1件2件、次回の発注が無くても特に困らないと言えば困らないし、ぶっちゃけ気付かないだろう。
自分のスタンスが、クライアント内部でどのように評価されているのかは結局わからないし、次回発注につながるかどうかも定かではないが、出張先で夜に行われる「作戦会議」で、「いやー、今回一緒にきてもらってよかったっすわー。よくわかりましたわー」などと言ってもらうと、お世辞であっても悪い気はしないものである。成果物は成果物なので重要でないということは全くないが、そこに至るまでのプロセスの満足度も実際に会計士を選ぶ立場のクライアントの現場担当者にとっては、外せない要素なのではないかと思わなくもない。
また一緒に出張に行きたい、このチームで案件がしたい、あいつを呼べばなんか面白くなるかもしれない。そんな評価を頂いているのどうかはわからないが、今年も年始から各地に出張している。それは大変ありがたい話だが、体力的にはだいぶしんどい。現場にこだわって、現場での工夫や自分なりの楽しみの開発に勤しんできた結果が出ること自体は嬉しいが、それがゆえに、いつまでたっても現場から出られない。こういうノウハウは現場に行かないと持ち味が出ないからである。
そんなジレンマを抱えながらも、今年も日々業務に励んでいる。あわよくばまた1個ぐらい新しい楽しみや方法論を見つけたいものだなあなどと思いながら。
誠にありがたいことに、最近サポートを頂けるケースが稀にあります。メリットは特にないのですが、しいて言えばお返事は返すようにしております。