課題・収穫・可能性~第2節ファジアーノ岡山VSレノファ山口~
4か月の中断期間が明け、待ちに待ったJリーグが帰ってきた。再開初戦はシティライトスタジアムにレノファ山口を迎えた中国ダービー。想像をはるかに超える激しい試合展開が繰り広げられた。
試合結果
明治安田生命J2リーグ第2節
ファジアーノ岡山 2-2 レノファ山口
[得点]
15分 FW高井和馬(山口)
56分 FWイウリ(山口)
60分 FW清水慎太郎(岡山)
78分 FWイ・ヨンジェ(岡山)
マッチレビュー
スタメン
9分のシーンから見るレノファ山口の可変式守備と巧みな立ち位置に基づいた前プレス
レノファ山口の基本フォーメーションこそ4-3-3だが、守備時は4-4-2へ変化していた。
FWイウリとインサイドハーフのMF池上丈二が2トップを形成し、両ウイングがサイドハーフをけん制、MFヘニキとMF高宇洋が2ボランチとなることで4-2-2のような形で岡山の攻撃に備えていた。
ここでは、4-2-2になることでレノファ山口の前からのプレスがハマった特徴的なシーンを紹介したい。9分、MF池上が岡山のパスの供給源であるMF上田へのパスコースを切りながらDF田中裕介へプレスをじわじわかけていく。FW森晃太がDF徳元悠平を監視しているためDF田中からDF徳元へのパスコースはほぼない。三角形を作ってMF白井とMFパウリーニョを包囲し、さら圧力を強める。追い込まれたDF田中の選択肢はGKポープ・ウイリアムへのバックパスかMFパウリーニョへの縦パスのみ。DF田中からMFパウリーニョへのパスをMF高がインターセプトし、ショートカウンターを成立させた。
29分のシーンから見るファジアーノ岡山の中央を経由してサイドを変えるビルドアップ
レノファ山口の前プレスにビルドアップを潰され続けたファジアーノ岡山ではない。岡山のビルドアップの中心を担うのはCBとボランチの4人。DFラインから引き取ったMF上田からのサイドへの展開やFWイ・ヨンジェを裏に走らせるパスなどが引き続き多く見られた。このボールの動かし方はMF上田の戦術眼とキックの精度にゆだねていると言っていい。対して、MFパウリーニョからの大きな展開はなかったが、近場への堅実なパスや相手の間を通す縦パスで局面打開を図った。「柔の上田康太」と「剛のパウリーニョ」とイメージできる。
ここで紹介するシーンは個人に依存せず、複数の選手が絡んだビルドアップである。
29分、DF徳元とサイドに開いたMF上田のパス交換で山口の意識を引きつける。
DF徳元から山口の選手が多いエリアにいるMFパウリーニョへ縦パスが入る。その瞬間、MF白井が山口の選手が形成する三角形の中へ移動する。
前を向いたMFパウリーニョからMF白井へ。MF白井が経由地点となって1タッチでDF濱田に落とし、さらに1タッチでDF濱田水輝からDF松木へとパスが通る。
山口の意識が薄れていた間にポジションを徐々に上げ、5人が関与し、6本のパスを繋ぐことでフリーの状態だったDF松木へとサイドチェンジに成功。密集したサイドからスムーズに逆サイドにボールを運び、前進させることができた。
J2全土を震撼させた”フィジカルモンスター”イウリの恐怖
金沢戦に引き続き、この試合でも厄介な存在となったのはフィジカルに優れたストライカーだった。
1点目は後ろを向きでのボール処理にもたついてしまったDF田中を吹き飛ばしながらボールを強奪すると、そこからゴール前でフリーのFW高井和馬のゴールをお膳立て。
衝撃的だったのは2点目。186㎝83㎏のDF濱田を背負うことで動きを封じ、ペナルティエリア内でFW高井のフリックを受ける。片腕でDF濱田をブロックしながらシュートコースを確保。吹き飛ばしながらゴールネットを揺らした。
フィジカルに優れたフォワードを抑え込む役割を任されることが多いDF濱田をいとも簡単に攻略したFWイウリの能力の高さに震える他チームのサポーターは少なくないはずだ。
また、FWイウリはフィジカルが優れているだけでなく、サイドに流れてボールを引き出し、前からの守備もいとわない。開幕戦とは印象が異なり、チームにフィットしてきたことは一目瞭然だった。J2にFWイウリを封じ込めるディフェンダーはいるのだろうかと思うくらいに。
これぞ有馬監督の理想形
攻撃において有馬監督が追い求めていた形、それは「両サイドバックを押し上げて相手を押し込む」ことだろう。この試合の後半、特にその形を見ることができた。
昨シーズンや今シーズンの開幕戦でも両サイドバックを高い位置に押し上げる意図ははっきりと見えていた。しかし、あくまでも相手の前からのプレスをかわすための「出口」に過ぎず、相手陣内へボールを前進させることには大きく貢献していたが、相手ゴール前で得点に直結するようなプレーは皆無だった。しかし、この試合ではDF徳元がFW清水のゴールをアシストするという決定的な役割を果たしたのだ。
サイドバックが決定的な役割を果たすことができた理由は「ファジアーノ岡山の攻撃時のサイドハーフのプレーエリア」と「レノファ山口のサイドでのマークの受け渡し方」にある。
1つ目の「ファジアーノ岡山の攻撃時のサイドハーフのプレーエリア」について。この試合のサイドハーフはMF白井が左、MF上門が右で出場した。両選手は相手陣内でのボール保持時にサイドに張るのではなく、かなり内側にポジションを取っていた。MF白井はMF上田やMFパウリーニョと同じ高さで3ボランチを形成することでセカンドボール奪取率を上げ、連続した攻撃を可能にさせた。MF上門はMF白井より高い、トップ下のような位置で、積極的なミドルシュートを連発。本人が得意としているであろうバイタルエリアからのゴールを狙い続けた。
両サイドハーフが内側で長い時間プレーすることで山口の3枚の中盤に対して数的優位を作るだけでなく、山口の守備意識を内側に集めることができた。そのためサイドバックが使える広いスペースを生み出すことに成功したのだ。
2つ目の「レノファ山口のサイドでのマークの受け渡し方」について。これは基本布陣が大きく関係している。山口が岡山と同様に4-4-2であればサイドバックの攻撃参加の威力は半減していたはずだ。岡山のサイドバックがオーバーラップをかけると山口のウイングは深追いせず、山口のサイドバックにマークを受け渡すシーンが多かった。ウイングに深追いさせないのはカウンターの威力を弱めないためだったのだろう。マークの受け渡しの際に生じるズレを見逃さなかった岡山のサイドバックの賢さもプラスに働いた。「山口のマークの受け渡し」を存分に生かしたDF松木とDF徳元の行き過ぎないオーバーラップとそのタイミングに称賛を送りたい。
右サイドバック”松木駿之介は無限の可能性姓を秘めたダイヤモンド
この試合がプロ初スタメンとなった松木駿之介が任されたポジションは右サイドバックだった。横浜FCジュニアユースから3年時に青森山田中学校への移籍、青森山田高校、慶応義塾大学を経て2019年に入団した23歳の本職は一列前のサイドハーフ。試合前、攻撃的な若い選手の初スタメンがサイドバックというのは少々不安が生じたが、彼のプレーを見ると不安は徐々に期待へと変わっっていった。
右サイドバックに抜擢された理由は右サイドバックのレギュラーとして活躍してきたDF増谷幸祐の負傷離脱にあると考える。DF増谷は全治4か月の恥骨結合炎で離脱中。2019シーズンは前所属先のFC琉球での出場を含めると、38試合に出場していた。多くの試合と日々のトレーニングによる疲労の蓄積、岡山への移籍によってセンターバックから右サイドバックにポジションを変えたことで筋肉にかかる負荷の強度が高くなったことが怪我に繋がったのかもしれない。
サイドバックはディフェンダーとしてゴールを守り、サイドを駆け上がり攻撃に参加する体に負荷がかかるポジションだ。シーズンを通してひとりの選手が怪我することなく出場し続けるのは稀なことではないが、難易度は高い。若い松木を右サイドバックでプレーできる選手として育てることで負荷を分散させる狙いがあったのではないかと推測する。
初めての公式戦でのプレーとなったが、しっかりと与えられたタスクをこなしていたという印象を受けた。特に良かったのが攻撃面、さすがアタッカーの選手といったところだ。攻撃的なポジションからコンバートされたというメリットを存分に発揮していたと思う。
オーバーラップのタイミングの良さから”右サイドバック松木”に対する期待が高まった。ボランチや中に入ってプレーする一列前のMF上門にパスが入りそうになるとスタートを切り、マッチアップ相手のFW高井を置き去りにしてオーバーラップ。限りなくフリーに近い状態でパスを受けるシーンを多く作れていた。また、左サイドで岡山がボールを保持している時、先の展開を読んで高い位置を取ることで、前方に広がるスペースを有効活用する意識が感じられた。初めてサイドバックで出場すると自分の背中のスペースを相手に使われることを嫌がり、高い位置を取らないという心理状態になることがある。相手に臆することなく、攻撃への関与を増やすことで自分の特徴を表現していたのではないか。
シーズン開幕前のトレーニングマッチで見られた改善点だった「後ろ向きでパスを受ける」はかなり改善されていた。サイドバックがビルドアップ時に後ろ向きでパスを受けてしまうとパスの選択肢は後ろだけになってしまう。近年、サイドバックをボールの奪い所に設定して前からプレスをかけてくるチームは多いため、後ろを向いてボールを持つサイドバックは絶好のカモとなってしまう。トレーニングマッチでは、ボールの持ち方によって厳しいプレッシャーをかけられ焦ったり、奪われたりするシーンが目立っていたが、この試合では前述したようなボールロストはほとんど無かった。中断期間を利用し、改善された部分と言える。
サイドバックの適性があると感じたのは「走力」だ。85分までのプレーとなったが深い位置までのオーバーラップを繰り返しながら、相手に走り負けない力強さも発揮。サイドバックに求められる「走力」はクリアしたという見方で間違いないだろう。
一方でクロスの精度という改善点も見えた。タイミングの良いオーバーラップでパスを呼び込み、相手陣内の深い位置でボールを扱うシーンを多く作ることはできた。これはDF増谷にはあまり見られない個性である。スポーツナビのデータによれば、DF松木のクロスは2本で成功率は0%。対して逆サイドのDF徳元はクロス4本で成功率は25%、そしてFW清水のゴールをアシストしている。サイドバックをかなり押し上げて、相手を押し込んでいたため、サイドバックからのクロスは攻撃の軸になる。クロスの狙い、上げるポイントは良かっただけに精度を上げることがチームを、自身のポジション奪取をも助けるはずだ。
想像以上の可能性と期待感に満ち溢れたダイヤモンドを皆でじっくり磨いていこうではないか。
浮き彫りになった課題と前向きに捉えるべき収穫
結果として引き分けに終わり一安心と言ったところだが、「無駄なボールロストが多すぎる」という課題が明確になった。
自陣でのパスのズレ、マイボールになったと思いきやコントロールが大きくなり奪われてカウンターを受けてしまうなど「相手にボールを渡してしまう」シーンが目立ってしまった。1失点目のDF田中のボールロストもFWイウリがすぐ近くまで迫っていたため、クリアでタッチラインに逃げる選択だってあったはずだ。また、これから攻撃に出ていこうとする時にパスミスが起こり、守備の時間に逆戻りになってしまう。実に「もったいない」と思うシーンが特に前半多く見られた。久しぶりの公式戦だったということが原因なら時間が解決してくれそうではあるが、改善されないようだと失点数が増えかねない。チームのスタイル上、ノーガードの撃ち合いはしたくないはずなので是非とも改善してほしい部分である。
一方で、明るい兆しもあった。まずは0-2から引き分けに持っていった粘り強さ。後半かなり押し込んでいたとはいえ、流れの中で2点を取り、勝点1を獲得したのことはチームにとっての好材料で、次節に繋がる引き分けになったはず。
抜擢した松木の及第点の活躍とサイドバックのクロスから生まれた得点は思いのほか大きな収穫となったのではないか。有馬監督も試合後にこのように語っている。
中断期間明けにもかかわらず、最後まで走り負けないスタミナはさすがファジアーノ岡山と言ったところ。走力はどんなことがあってもブレない立派な幹となり、クラブに力強く根付いていることを証明してみせた。最後まで諦めずに勝利を目指して戦う姿を久しぶりに見て、涙腺が刺激された。Jリーグが、ファジアーノ岡山がなかった時間を経て、改めてスポーツがもつパワーの大きさを感じ取れた素晴らしい試合となった。
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