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「死なない」という選択をした

人生は、選択の連鎖の中で織りなされている。ある選択は瞬時のもの、ある選択はじっくりと考えたもの。

しかし、その中で最も重大な選択を迫られたあの時のことは、今も鮮明に心の中に刻まれている。

それは「死」についてだ。

2年から3年前だろうか。家庭、仕事、大学院。3つの大きな柱が私の生活を形成していた。

一見、平穏に見える日常の中で、私は数えきれないほどの小さな選択を日々繰り返していた。何を食べるか、何を着るか、どのルートで通勤するか。しかし、それらの選択は、私の心の中で次第に大きな重圧となって積み重なっていった。

家庭の中では、パートナーとの関係を築くことの難しさを痛感していた。愛情を持って接するも、言葉の一つや態度の一つが時に諍いの原因となってしまう。私は段々とパートナーを遠ざけるようになっていった。

仕事の場では、原稿の締め切りに追われ、慣れない分野のライティングに苦しみ、生活費を稼ぐというプレッシャーが絶えず背中を押していた。

そして、大学院では、知識の追求という名の下、私は自らの限界を日々感じることとなった。学問の深淵は、私をその底に引き込むかのように思えた。

この三つの世界が重なり合う中で、私の心は徐々に閉ざされていった。暗闇の中で自分の存在意義や価値を見失い、鬱という病魔が私を取り囲んだ。それも急速に。自分自身でも意識することができないほど、鬱のど真ん中に立たされていた。

原稿を書いていたある晩、私は遂に心の限界を感じた。なにかが弾けたように心が完全に壊れた瞬間だった。

寝ているパートナーに気付かれないように電気コードを手に取り、それを首に巻きつけた。その瞬間、涙が止めどなく溢れてきた。

私は自らの命を絶つことを真剣に考えていた。しかし、最後の一歩を踏み出すことができなかった。私の心の中で何かが騒ぎ立てていた。

「なぜ死なない?」

その声が頭の中で響きわたっていた。私は死のうとした玄関の片隅で涙を流しながら震えていた。

その後、寝室で静かに眠っていたパートナーの存在を思い出し、彼女を起こして泣きながら心中を吐露した。

彼女の瞳には驚きと心配が混じり合っていた。しかし、その手は私の手をしっかりと握りしめてくれた。彼女の言葉は、私の心に深く響いた。

「死ななくて良いんだよ。」

彼女の声は優しく、そして温かかった。私は涙が止まらなかった。泣き疲れて眠り込むまで、ずっと泣いていた。死ねなかった後悔と死ななくて良かったという安堵感の中で、いつのまにか眠っていた。

その後の日々は容易ではなかった。心に湧き上がる希死念慮を乗り越えるために、多くの時間と努力を必要とした。

しかし、パートナーはそんな私を支え、私はその闇を少しずつ明るくしていった。彼女の支えと理解があったからこそ、私は前向きな気持ちを持ち続けることができた。

現在、私は日常を大切にしながら、心の平穏を保つための療養生活を送っている。毎日が夏休み状態だ。完全に希死念慮は消えていない。心の奥底で低い音を立てて鳴り響いている。

しかし、あの時、命を絶とうという選択から一歩引いたことで、今の私が存在する。それは私にとって、再び生きるという新しい道を選んだことの証明である。

あの時「死なない」という選択をしたこと。だからこそ、私は新しい人生の扉を開けることができた。そして、その先に待つ未知の選択に、私は今、胸を躍らせながら挑んでいるのだ。

在野の研究者として生きること。ジェンダーコンサルタントという仕事を立ち上げること。今はこの2つの目標に向かって、少しずつ歩みを進めている。どちらも簡単なことではないことは分かっている。

しかし、やってみたいのだ。自分のために、そして支えてくれるパートナーのために新しい道を切り開いていこうと思う。「死なない」という選択をしたことを後悔しないためにも、「生」に目をもっと向けて行こうと思う。

いま「死にたい」と本気で思ってるあなたへ。私の言葉が届くかはわからないが、ここに記しておこう。行き止まりだと思っても、まだ道は残されている。ほんの少しだけ視野が狭まっているだけかもしれない。

一つ大きく深呼吸をして、じっと手のひらを見つめて、ぎゅっと握りしめてごらんよ。あなたにはそれだけの力が残っている。その力は、生きるためにあるんだ。死ぬためではない。

あなたの可能性を、あなた自身で潰さないで欲しい。大丈夫。こんなへっぽこな私だって生きている。でこぼこな人生でも良いじゃないか。

いつも隣に様々な可能性があることを忘れないで。本当なら「私が話を聴いてあげる。」としたいところだが、まだ私もそんなに心が回復したわけではない。

現にこの原稿を書いている間に、泣いてしまったのだから。それぐらいあなたが辛い状況に置かれていることを知っている人間がいる。そのことだけは、忘れないでほしい。

とにかく大きく深呼吸だ。脳に冷たい酸素を送って、クールダウンしてみよう。そこから可能性が見つかるから。自分で「死なない」という消極的な意思決定でも良いから、まずは生きるんだ。

「生きてやる」なんて積極的な選択ではなくても良いんだ。「死なない」「死ねなかった」という消極的な理由で良い。どうか可能性を、温もりを感じられるかもしれない未来を捨てないで欲しい。

私は消極的な理由で「死なない」結果に辿り着いた。非常にカッコ悪いです。でも、生きる中に可能性をなんとか見つけた。あなたも見つけられるはず。

とにかく自分で自分を抱きしめてあげてください。そして、どこかで偶然に会えることを祈ってます。そして、泣きながら、そして笑いながら語り合おう。

「死なない」という選択肢があなたにもあるんだ。忘れないで。心の片隅にこの言葉を、こっそりと忍ばせておいてほしい。

生き残った人間の一人として、切に心からそう願っています。カッコ悪くても、でこぼこでも良い。生き延びよう。可能性は、そこから始まるのだから。

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