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「自信」の正体とは何か

突然ですが、あなたは自信がありますか?

別の聞き方をしましょうか。

自信をつけるにはどうしたらいいのでしょうか?
どうしたらいいと思いますか?

もし最初の問いへの答えが「ある」であったとしても、
「ない」であったとしても、
ひとつ考えてみて欲しいのです。

「自信」とは、一体何でしょうか?
だって自信をつけるのに、自信が一体何なのかわからなかったら、
絶対に無理ですもんね。

さぁ、「自信」とは、一体何でしょうか?
考えてみたことがありますか?

私はあるとき考えて、そうか、こういうことか!
と気づいたことがあったので、シェアしてみたいと思います。



自信とは何か?と聞けば、多くの人は「自分を信じること」とか、
「自分を信じる力」とか、そんなふうに答えるのではないでしょうか。

文字をみても「自分の自」に「信じるの信」なのですから、
そうなると思います。

ネットの国語辞典で調べてみると、このように出ています。

『自分で自分の能力や価値などを信じること。
 自分の考え方や行動が正しいと信じて疑わないこと。』

うん、まぁそうでしょうね。

ところであなたは、誰か別の人から
「自信を持て!」と言われて、本当に自信が持てたことはありますか?

私はないです。

応援してくれているんだな、とか、ありがたいな、とは思いますが、
それで本当に自信が持てたことはないです。

けれども、「以前、こんなことを実現できたよね?」とか、
いわゆる「実績」を思い起こさせてくれると
「そっか、やれるかも知れないな」と自信が湧いた経験はあります。

その差は、一体何なんだろうかと。



現実的に言うと、ある人に(自分の息子にですが)自信を持たせたいな、
と思ってずっと考えていたのです。

で、「そもそも自信ってなんだろう」と思ったのですね。
しばらくわからなかったのですが、あるとき閃いたのです。

きっかけは「信」の文字が著している言葉を
「信じる」ではなく「信用する」に変えてみたことでした。

「信じる」と「信用する」ってちがいますよね。

神様は信じる対象ですが、信用する対象ではありません。
ビジネスパートナーなんかは信じるのではなくて、信用が大事です。

では、「信用」を辞書で調べてみます。
1確かなものとして信じて受け入れること。「相手の言葉を信用する」
2それまでの行為・業績などから、信頼できると判断すること。
 また、世間が与えるそのような評価。「信用を得る」「信用を失う」

重要なのは「2」の方ですね。

「信じる」と「信用する」

両者のちがいは、信じるにあたっての理由のありなしだと思うわけです。
理由もなくただ信じるのか、信じるに足る理由があるから、信じるのか。

後者の場合にのみ「信用する」という言葉は使われるわけです。

人に何かを貸す場合も、「ちゃんと返せる」とか
「今までにちゃんと返した実績がある」とか、
「約束をちゃんと守る」という「実績」があるからですね。

そうです。
自信とは、「自分を信用することができる」
ということなのだと思うわけです。
つまり、自分を信用できるに足る何かがちゃんとあるから、
自分を信じられるわけですね。
自分との約束をちゃんと守れる、ということ。

単なるおまじないではない、ということです。



自信=自分を信用できるということだとすれば、
信用は自分の行いによって醸成することができるとも言えるわけです。

では、どうすれば信用は醸成できるのか。

3つ条件があると思いました。

1:一定の期間がある
2:継続的な負荷がかかる
3:履行する(やりとげる・約束を守る)

これは仏教の修行などでも同じですよね。
天台宗の最も過酷な修行と言われている「千日回峰行」なども
975日間、という期間が決められています。

そしてそれを最後までやりとげることによって
修行を達成したことになります。

マラソンは42.195kmという距離を走り切る競技ですね。
この場合の期間はタイムの場合もあるし、距離という場合もあるでしょう。
負荷はもちろん、走ることです。

わかりやすい例と挙げましたが、
同じようなことは強弱たくさんあると思います。

どんなことも、やりつづけるには「誠実さ」が必要です。
自分との約束に対する誠実さですね。

逆に、自分という人間は信用ならない、と思うとしたら、
どういう感じでしょうか。

三日坊主という言葉がありますが
(偶然にも例が両方ともお坊さんですね)、
何をやっても継続できない様を言いますね。
こうなると、「ダメなやつ」という印象を自分に抱きます。

恐らくそこには「不誠実」ということがあるのでしょう。
自分との約束に対する不誠実さです。



自信というものを、単なるおまじないや空元気ではなく
ホンモノにしたいのであれば、
自分を信用できる理由づけをしていけばいい。

自分を信用できるだけの実績を作ればいいわけですね。

「自分はやれるんだ。だって実際にやったじゃないか。」

そう思えればいいわけですね。

でも、いきなりフルマラソンを走ろうとか、そんなことは無理です。
やれることをしっかりやって、その「やれる範囲」を
少しずつ大きくしていくのがいいのではないでしょうか。

例えば何かをまず3日間やってみる。
やってみたら「3日間はできたぞ!」と認識する。
あと4日つづけらば、1週間継続できたことになります。
10日間、2週間、3週間、1ヶ月。
そんなふうに、いきなり「1年」などと決めず、1日1日を積み重ねながら、
実績を伸ばしていけばいいのです。

何をやるかも重要だと思います。

毎日100回まばたきをする、とか、
そんな誰でもできることでは意味がありません。
それをやるためには多少自分を律することが必要なものであるべきです。

でも、これもまた、いきなりすごいことをやろうとすると
三日坊主になって返って自信を失う原因になりかねません。

私がお勧めするのは、簡単にやれるけど、
継続するのはちょっと面倒くさいことです。

そして、やった効果として周りから感謝されること。
モチベーションの維持につながるからです。



私が息子のために考えた「自信獲得プログラム」は、
「玄関の靴を揃える」という行為です。
これはどんな家でもやれることではないかも知れないですね。
なぜなら普段から整理整頓が行き届いている家では
そもそもその必要がないかも知れないからです。

我が家は下足入れの容量が少ないため、
恥ずかしながら何足かの靴がいつも玄関に出ている状態です。

その靴がガタガタになっていると、玄関が非常に狭く、乱雑になります。
しかし全てがキチッと揃えてあると、みんなが気分良くいられますね。
しかも外出から帰った時に家族の誰もがその効果を享受できます。

ポイントになるのは、自分の分だけなく、全員分を揃えること。
1日1回ではなく、気付いたら何度でもやること。
玄関をきれいにするのは自分のミッションとして自分ごと化し、
脱ぎ散らかす他者を責めないこと。

揃えることがゴールなのではなく、
揃っている状態を維持することがミッションで、
しかも毎日、つづくわけですね。永遠にゴールは来ません。

これをまずは3日。続けるのです。
家族は帰宅するたび、靴が揃っているのを確認したら、お礼を言う。

3日できたら、そのまま1週間をめざす。1ヶ月、2ヶ月、
期間を伸ばしつつ、その行為が癖になったら、
別の新しいミッションを増やしてみる。

そうやって、「自分との約束を果たす」感覚を覚えていくことで、
自分はちゃんと最後まで成し遂げられるということを
自覚するようにします。

これはまだ実験ですが、自分で試すこともできます。
負荷の種類や期間を軽いところから始めることで、
自分への信用度を上げていくというプログラムですね。

是非お試しください。

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