見出し画像

【エッセイ】ブロンドヘアーの夢をみる

 人間はストレスが溜まると、身体に何かしらのストレスサインが出るようにできている。例えばお腹が痛くなるとか、肌が荒れるとか、食欲が止まらなくなるとか、逆に食欲が止まるとか。ストレス、本当に碌なことが無いな。
 高倉のストレスは主に頭に現れる。具体的に言うと、白髪が劇的に増えるのだ。

 高倉の白髪歴は長い。
 初めて高倉の頭髪に白髪が出現したのは、確か高倉が中学生の頃、母に散髪してもらっていた時だ。「え、あんたこれ白髪……?」と、まるでツチノコでも見つけたみたいな顔をされたのをいまだに覚えている。確かに中学生で白髪はちょっと早すぎるかもしれないが、そんな言い方しなくてもよくない?
 母にはすこぶる心配されたものだが、高倉からしてみればたかが白髪である。誰しもそのうち生えてくるものだし、高倉はたまたまそれが早かっただけの話だ。「若白髪は頭が良い証」などという耳に優しい俗説も手伝って、高倉は白髪がツンツン生えてきても全く気にかけることなく思春期を過ごした。

 これはアメリカ留学していた頃の話だが、高倉の白髪をたまたま発見したブロンドヘアーの同級生が「あれーっ!?高倉の髪、一本だけブロンドヘアーが生えてる!?なんで!?すごーい!!」とはしゃいでいたのをよく覚えている。ブロンドヘアー文化圏に白髪という概念は存在しないらしい。「いやいやこれはシルバーヘアーやで」と訂正しつつ、しかし「一本だけ金髪」と言われるのはなかなかどうして悪い気がしなかった。
 高倉はアメリカの理髪店に全く信用を置いていなかったので、留学の一年間は一度も髪を切らなかった。帰国してから真っ先に向かった散髪屋で「うわ、白髪多いですね」と言われてしまう程度には、高倉の身体はストレスを抱えまくっていたらしい。「いやいや、ブロンドヘアーですよ」と言い返したかった。

 分かっている。老化による緩やかな白髪増加とストレスによる局所的な白髪勃発は根本的に別種のものだ。老化による自然発生的な白髪はダンディーな魅力や知的な雰囲気、威厳のようなものが滲んでいる。ストレス起因でツンツン生えてくる白髪は心配しか掻き立てない。高倉に生えてくる白髪は原則後者のもので、身だしなみ上は抜くか染めるかする方がいい。若白髪は頭が良い、などと意味のわからない誇り方をしている場合じゃない。
 そんなわけで髪を染めてみたのが2ヶ月前。そして15cm程のまっさらな白髪を3本、グラデーション的に黒から白に転じている髪を5本発見したのが今朝だ。きっと高倉の目が届かない場所にはまだまだ生えている。このペースで生えてこられると、流石に心がめげそう。

 根本的な問題を解決するならば、このストレスフルなクソ勤務先のクソ上司を全員殴ってから辞表を叩きつけるのが一等手っ取り早い。そんなことは分かっている。
 そうできたらどんなに良かったか、と自分の無力を嘆きつつ、白髪をぷちりと引っこ抜く。



此方もどうぞ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?