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【映画記録】二人はがらくた

 7月に開催されたAmazon Prime Day で、高倉は豪遊の限りを尽くした。あの時買ったスピーカーは高倉の映画ライフをグレードアップさせてくれたし、可愛い栞は今日も読みかけの本に可愛く挟まっているし、Anker のお掃除ロボット(命名「るんばろう」)は今日もカーペットをめくりあげながら掃除に勤しんでくれている。
 どの荷物も、当たり前みたいに配送予定日に配送されたし、当然、爆発もしなかった。

 映画「ラストマイル」は、こんな「当たり前」の為に搾取された人間の物語だ。

 物流業界最大イベント、ブラックフライデーの前夜、大手ショッピングサイトの配送段ボールが爆発する。日本を震撼させる連続爆破事件に発展する中、巨大物流倉庫のセンター長に就いた舟渡エレナは、チームマネージャーの梨本孔と事態を収束させようと試みる。

映画ナタリーより引用

 この映画については言いたいことが山ほどある。公式サイトにあるように、「ラストマイル」はドラマ「アンナチュラル」「MIU404」と同じ世界線で展開される、片仮名で言うところの「シェアード・ユニバース・ムービー」というやつだ。ドラマで登場した大好きなあいつらが帰ってくる!!!!こんなに嬉しいことはない!!!!
 何より、これが「ドラマの続編」でないのが良い。高倉は世に蔓延る「あの大人気ドラマシリーズの続編が映画化して帰ってきました!」という一連が好きじゃない。「ドラマがそこそこ視聴率取れたから映画化したら収益そこそこいくだろ」という安直な魂胆が透けて見える。そりゃあまあ商業映画なのだから、そういう計算をするなとは言わないが、せめて視聴者が察し取れないようにやってほしい。
 「ラストマイル」にもその手の計算が見えないわけではないが、少なくとも安直ではない。「アンナチュラル」で描きたかったことと「MIU404」で描きたかったことが独立しているように、「ラストマイル」のテーマもまた独立している。「ラストマイル」を成立させるために必要なピースを、「アンナチュラル」チームと「MIU404」チームが少し担っているに過ぎず、世界線を共有するに足る説得力がある。そして、彼らが事件に向き合う姿勢が、物語を更に重厚にする。野木亜紀子先生の手腕は凄まじい。屈服せざるを得ない。

 以降、ネタバレを含みます。公開されてまだ数日の映画、未鑑賞の人も多いでしょう。ネタバレ嫌だようという方はどうか自衛してください。個人的には、告知映像以上の事前情報は入れずに鑑賞することをおすすめします。高倉は事前情報をほぼ無しで鑑賞して、目玉が溶けるほど泣きました。
 また、今回は「アンナチュラル」「MIU404」ファンに嬉しいボーナス要素にはあまり触れずにお送りします。彼らに会えて嬉しかった話は別の記事で、機会があれば書きます。今回はあくまで、映画「ラストマイル」の感想として。





 筧まりかの話をしよう。

 世界規模の大手ショッピングサイト「DAILY FAST」からは、日夜大量の商品が発送される。物流倉庫では、稼働率を一定以上に保つために、人間がまるで機械の部品のように酷使されている。全てはお客様の為、映画の言葉でいうところの「Customer-centric」だ。お客様が一日も早く商品が手元に届くことを期待しているのだから、それに沿うのが倉庫スタッフの仕事。倉庫を間違いなく稼働させ続けるのが、センター長の仕事。
 センター長だった山崎佑がベルトコンベアの上に飛び降りたのは、当初は自殺だと解釈されていたが、のちに倉庫の稼働を止める為だったと説明される。2.7m/s で動き続けるベルトコンベア、これが止まれば倉庫は止まる。倉庫が止まれば救われる。そう信じて飛んだ山崎佑は、病院のベッドで「馬鹿なことをした」と呟く。

 会社にとって、山崎佑はきっと優秀で便利な人材だった。どんなに追い詰められても真面目に、勤勉に、言われた通りに、目標達成の為に身を粉にして働く。日本人にはそういう気質がある。そうでなければ、hinomaru洗濯機はもっと器用に市場を生き延びていたことだろう。
 そうやって一人で追い詰められて、一人で飛び降りてしまった山崎佑。飛び降りた原因が、恋人とのトラブルだったということにされるなんて、きっと思いもしなかった。

 山崎佑の恋人、筧まりかは、きっと何も許せなかった。
 山崎佑を植物状態にしても尚、平然と動き続けるDAILY FASTも、
 山崎佑の自殺未遂の原因を自分に押し付ける周囲も、
 一人で追い詰められて飛んだ山崎佑も、
 山崎佑を一人にした自分も、どうしても、許せない。

 筧まりかが、DAILY FAST社員の舟渡エレナにこう訴えるシーンがある。

彼がああなったのは、私のせいなら罪を贖いたい。私のせいでなかったら、あなたがその罪を贖ってくれるのですか?

 この言葉選びには、少々違和感があった。「罪を」と来たら「償う」がメジャーな続き方ではないだろうか。舟渡エレナも「贖う?」と問い返す程度には、この単語は強調されている。
 手っ取り早くインターネットで辞書を引いてみる。

贖う/購う(あがなう)
(贖う)罪のつぐないをする。「死をもって罪を—・う」
(購う)あるものを代償にして手に入れる。また、買い求める。「大金を投じて古書を—・う」

goo辞書より引用

 1 はまぁ、その通りだと思う。「償う」の言い換えが「贖う」。
 しかし、「償う」でなくわざわざ「贖う」と言ったからには、強調されているのは「償う」に無い意味の方だろう。あるものを、代償にして、手に入れる。買い求める。大手ショッピングサイトへの当てつけのような言葉選びだと思う。

 山崎佑は、自分の命を代償にしてベルトコンベアを止めたかった。
 筧まりかは、自分の命を代償になにを手に入れたかったのだろうか。

 爆死した筧まりかの遺体に、中堂系は「見上げた根性だ」と称賛を贈る。筧まりかの動機と、中堂系の辿ってきた道には重なるものがある。やり遂げた筧まりかは、立派だったかもしれない。
 筧まりかが起こした事件は、確かに少し世界を変えた。DAILY FASTは大損害を被り、今まで通りの配送料と稼働率と利益率を保つのは無理だろう。配送業者の処遇は上がり、人が尊厳を少しだけ取り戻す。これが筧まりかが望んだ復讐の結末だったのかは、誰にも分からない。

 筧まりかは、病床の山崎佑が「馬鹿なことをした」と呟いたことを知っていただろうか。
 山崎佑が命を代償にして手に入れようとした世界は、結局手に入らなかった。山崎佑の身体は障害物としてあっさり退かされ、ベルトコンベアは何事もなかったかのように再稼働する。センター長がいなくても、倉庫は動く。所詮代替可能なパーツでしかない。命を貴ばない場所に、命を張る価値なんてない。そもそも、命を代償にして手に入るものなんてない。
 山崎佑は、筧まりかの手を取るべきだったのだ。一人で抱え込むのをやめて、彼女の隣で笑って生きることを優先するべきだった。仕事から逃げるとか、ストライキを起こすとか、選択肢は他にもあったのに。こんなに疲弊していなければ、こんなに生真面目でなければ、そういう道を当然のように選べた筈なのに。馬鹿な、本当に、馬鹿なことを。

 筧まりか。植物状態になった山崎佑の真実を理解し、手を握れる唯一だった筧まりか。まだ生きている山崎佑に寄り添えたはずの手で、火をつけて、自分を焼いた筧まりか。
 火をつけた瞬間の、彼女の苦悶にゆがんだ顔が、脳裏に焼き付いて消えない。あれは、復讐者の顔だっただろうか。罪を贖う罪人の顔だっただろうか。ぎゅっと目を閉じて、爆弾の起爆スイッチに指をかける、あの瞬間。

 彼女は、二度と山崎佑と繋げない火だるまの手に、「馬鹿なことをした」と思っただろうか。

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