【エッセイ】ハッピーエンドなわけあるか
最近落語を勉強してみたくなって、あわよくば書いてみたくなって、古典落語を片っ端から聴いてみている。身近な落語文化と言えば笑点くらいしか知らなかったのだけれど、探してみればいくらでもあるもので、音楽サブスクでも動画サブスクでも一定数の高座の録画録音が提供されていた。取り敢えずテレビで見かけたことがある落語家先生の高座の音声を、通勤途中に聴いている。
落語って楽しい。言葉遊びが小洒落ているし、間の取り方も声音も聴き手に優しい。大筋が守られていればある程度のアレンジは許されているようで、江戸の街が舞台の古典落語に岡本信人が挟まったりする。古典と言われるコンテンツだって常に鮮度が良い。
さりとて大筋は守られていなければならないわけで、落語「文七元結」の辛い部分は大筋にある。
初心者のために落語のあらすじをご紹介！
今回ご紹介する演目は『文七元結』。博打好きのダメな父親と親思いの娘。父親の借金を返し、また父親に仕事に就いてもらおうと、娘は自分の体を売ることを決意します。
重ねて、所詮落語初心者の感想である、ということをどうか念頭に置いておいてほしい。ついでに言うと高倉が聴いたのは立川志らく先生の文七元結です。きちんと江戸を江戸らしく演出されていたと思います。
また、サゲまでたっぷり聴いた上でサゲにも辛みを感じたという話です。古典落語にネタバレも何もないかも知れませんが、ネタバレが嫌だよという方はどうぞ此方を浴びてから先へ進んでいただいて……。
ざっくりと筋をお話しすると、左官屋をしている男はクソギャンブラーでめちゃめちゃ借金を抱えている。その借金を返す為に娘が女郎屋へ自ら身を売って五十両……現代で言うところの五百万円相当らしい……を作ろうとした。女郎屋の主人はめっちゃ良い人なので、五十両は貸してやるし来年までは娘を世話してやろう、しかし来年を過ぎても五十両を返さないようであれば娘に客取らせるからな、と言って五十両を父に渡してくれる。この時点で娘があまりにも哀れすぎる。
五十両を持った父が帰宅する道中、「売掛の五十両 をスられちゃってもう無理マジ無理身投げする」とか言ってる男、文七に出会う。父の手元には丁度五十両がある。江戸っ子を発揮した父、「仕方ねぇな〜〜ここに五十両あるから！やるから！テメェ死ぬなよ！」と言って、娘が身を売って作った五十両を叩きつけて帰る。
結局、文七が無くした五十両は客先に忘れていただけで無事。文七と文七の雇い主は五十両を投げて寄越した父にめっちゃ感謝して、五十両を返したうえで娘を身請けしておうちに帰してくれたのだった。家族三人無事におうちに戻ることができた最上のハッピーエンド。めでたしめでたーし。
…………えっ、何もめでたくなくない？？？？？
分かっている。この落語は、弱いものの味方でカッコつけで見栄っ張りな江戸っ子気質を持つ父の、ほっこりする人情噺だ。父も娘も女郎屋の主人も文七の雇い主も、自分の為でなく相手の為に身を、手を、金を尽くして紆余曲折の末にハッピーエンドへもつれ込む。そこが愉快痛快であたたかい。
ただただ、この父親である。こいつ、こいつがクソギャンブラーでさえなければよかったくないですか？
妻と娘がいる身の上のくせに見ぐるみ剥がされるまで博打を打つのも、「裸に法被じゃカッコつかねぇだろうが」と言って母をボコって身ぐるみを剥ぎその着物を着て女郎屋へ出掛けるのも、あんまりにも妻のことも娘のことも蔑ろにしすぎというか、自分本位すぎではないか？ 江戸っ子と書いて自分本位と読むわけではない筈だ。父が置いていった法被を裸に羽織って、部屋隅でぎゅうと縮こまる母の姿に泣きそうになる。
博打で五百万円の借金を抱えて尚ちゃきちゃきの江戸っ子気質を捨てられないクソギャンブラーDV男と、それでも男を愛している母と、母があまりに不憫で自分の身を売る娘。なんて破滅的な家族なんだ……。母親は絶対離婚してこの男から離れるべきだし、娘ももっと自分の為に生きるべきだ。
この大団円を手放しで大団円と捉えられないのは、時代が変わってしまったからだろうか。コンプライアンスが幅を利かせている世の中で、クソギャンブラーDV男が完膚なきまでに成敗されないコンテンツは少々消化不良かもしれない。
或いは高倉が江戸時代に生きていたら、これを文句なしのハッピーエンドとして受け取れたのだろうか。高倉が男性だったら、もしくは暴力を振るうクソギャンブラーだったらこの演目に大拍手を贈ることができたかもしれない？
落語は時代を越えるコンテンツだけれど、道徳は必ずしも時代を跨がない。分かった上で摂取しなければならないことを肝に銘じつつ、少なくとも高倉は文七元結でハッピーにはなれなかったという感想を大事に持っておくことにする。法被一丁の女が殴り潰される話でハッピーになってたまるかばかやろー。
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