見出し画像

【読書記録】そして勝利のQ.E.D

人間の感情の大部分が思考から生み出されているのなら、感情をコントロールするには思考をコントロールすればいい。もっと言うなら、心の中で思い描く文章、つまり自分との会話に使う言葉を変えればいい。そもそも感情はそこから生まれているのだから。
 ─アルバート・エリス(アメリカの心理学者)

 定期的に自己啓発本を読むことで、チューニングと軌道修正を図るようにしている。基本的に、自己啓発本に目新しいことが書いてあることはない(高倉が選ぶ本に偏りがある所為かもしれないが……)けれど、同じことを別の人の言葉で摂取することで新たな発見を得ることもある。
 ゲイリー・ジョン・ビショップ著「あなたはあなたが使っている言葉でできている」を手に取ったのもこの一環だ。

 言葉によって自分の思考を支配し、行動することで自身の有様を証明しよう、というのが本筋だ。人間は思考ではなく行動だ。考えている暇があったら動け、というわけだ。真だと思う。

 動け、と読者を煽るにあたって持ち出された理論に、ぞっとするものがあった。第三章「私は勝つに決まっている」の、「勝ち」の定義に関する話だ。曰く、人生に勝ち負けなどというものは存在せず、もしも存在するとしたら全員が勝っているということらしい。具体的には、人間は常に、何かを証明する戦いに勝ちながら生きている。自分が「誰にも愛されない」「痩せることができない」「お金がたまらない」と自身が信じることで、そう証明する達人になってゆく。証明に成功しているから、勝っている、という理屈らしい。

 何事も中途半端で終わってしまうことが問題なら、おそらくそれは、自分が無能で怠惰な人間だと信じたいからだ。そして、途中で立ち止まり、だらけることでそれを証明しようとしている。自分と周囲に対してその程度の人間なのだと示そうとしている。
 なんでそんなことをするかといえば、生存のためだ。先の見えない人生を進むのに、過去をリピートして生きるほど安全なことはない。どんなにネガティブでひどいやり方だったとしても、あなたはそうやってここまでたどり着いた。ここまで生き残ってきたのだ。
(中略)
 人にはみな勝ち癖が備わっている。必要なのは、それを正しい対象へ向けることだけだ。そうすれば、意識的に選んだなわばりで、あなたは勝利を収められる。

ゲイリージョンビショップ著「あなたはあなたが使っている言葉でできている」より引用

 つまり、高倉の腹の肉がいつまでたっても落ちないのも、友達が全然できないのも、ここ数ヶ月小説が書けないのも、高倉自身がそう信じて、そう証明し続けているからということ……?えっ、そんな乱暴な話ある?証明に勝利している!と言われても……それは、試合に勝って勝負に負けてるみたいな話じゃない……?
 しかし、「お前が駄目人間なのだと証明しているのはお前自身だぞ」なんて言われてしまうと少々焦ってしまう。流石は自己啓発本と言うべきか。高倉がこんな駄目人間なのは高倉がそう証明したいからそうなっているということか。だとしたら不本意すぎる。高倉は証明問題が大好きだが、そんな愚かしい証明はしたくない。名探偵によって明かされる真実のような、朗々と宣言できる程に美しく、鮮やかで、揺るがし難い証明こそ理想だ。

 証明を、証明をしなければならない。高倉はその気になればすぐに友達を作れるし、小説だって書く。毎日文章をnoteに投稿することだってできているのだ、小説だって書ける。

 自己啓発本にまんまと乗せられて、証明されてしまっている自堕落な自分の反証に向けて息を巻いている。反証が成り立たなかったとき、自堕落が更に強固に証明されてしまう気がしなくもないし、それはそれで恐ろしい。
 しかし、行動こそ真実だ。自堕落に抗ったという行動が示す真実が、きっといつか高倉を救う。人間は思考でなく行動だ。つべこべ言わずに動け、動け。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?