「蓄音機と犬」と私~「蓄音機の日」が教えてくれたこと~
昭和生まれの人なら、「蓄音機と犬」のマークを見たことがあるだろう。
オーディオに少し興味が強い人なら「ビクターの犬」でわかる、ビクターのロゴにも使われていたあの「蓄音機と犬」だ。
私はこの「蓄音機と犬」について、長年の謎があった。
それが解消するだけでなく、ちょっと心温まるエピソードもあったので、今日はそれを紹介することにしよう。
7月31日は「蓄音機の日」
私は今、地域のコミュニティセンター(公民館)で、子どもたちの学習支援をしたり、「実験」などの学習体験を行っている寺子屋をやっている。
理由は実にカンタンで、原体験が多ければ多いほど、様々なことの理解が早いし、それぞれが繋がり、応用する発想が生まれる。つまり、賢くなる。
これは、型を教えるだけの勉強だけでは身につかない(型も大事だけど)。
とはいえ、毎月、この体験授業を考えるのが大変で笑、「○○の日」というのにあわせて、「ボルタ電池」を作ったり、「ガウスの暗算」をやったりしてきたわけだが、7月はというと・・・芸術家や作家の関連が多く、これは小学生向けの授業にするのは難しいなと。
かろうじて「Tシャツの日」というのがあったので、これはこれとして、アイロンプリントでもやることにしたわけだが、最後の最後、7月31日が「蓄音機の日」ということで、
これなら学習っぽいものができるんじゃないか!?
と思って実験授業をした。
使ったのはすでに絶版となった『大人の科学マガジン~エジソン蓄音機』の付録の蓄音機。エジソンの作った蓄音機を、実際に再現できるという、組み立て式の大人の科学オモチャだ。
7/31土曜日に授業をやって好評だったのだが、やはり、レコードを知らない世代だと、感動はしても「共感」がない。
「ビクター(現JVC)」という会社も知らないので当然、「ビクターの犬」すら見たことがない。
というわけで、小学生にはあまり感動が伝わらない話をこのノートにまとめることにした。
私と「蓄音機と犬」
昭和生まれの私の家には、カメラ屋だったということもあって、ビデオデッキが複数台のほかに、レコードプレーヤーやカセットデッキのついたシステムコンポがあった。
その中には、「Victor(ビクター)」のものもあった。
だから私はよく、「Victor」のロゴの横に「蓄音機と犬」が書かれているのを、なにげなく見ることも多かった。
特に犬が好きだったわけでも、音楽が好きだったわけでもない。
ただただ、なんとなく目に入ることが多かったのがその、「ビクターの犬」だった。
その後、CD全盛時代、「HMV」というCDショップが我が町にも来た時に、この、「ビクターの犬」のことを正式には、
「HMVはヒズ・マスター・ボイスの略で、ビクターの犬マークのこと」
と言うことを父から聞いた。
かくいう私は、そこまでオーディオにこだわりが深いわけでもなく、
なんで、「ビクターの犬」がCDショップの名前になっているのか、
なんで犬が「マスターボイス」してるのか、
ヘンだなぁと思いつつも、深く考えることもなかった。
私にとっての「ビクターの犬」は、その程度の存在だった。
しかしこの度、「蓄音機の日」にやるイベント授業のために、私が長年放置していた、「蓄音機と犬」について調べる機会を得た。
「蓄音機」って何?
蓄音機は、発明王エジソンが発明したものというのは有名な話だろう。
そもそも、7月31日が「蓄音機の日」なのは、
エジソンが蓄音機の特許を取った日にちなむらしい。
しかし、
そもそも「蓄音機」って何かって話。
よくよく考えれば、レコードのようなもの、というくらいの理解しかなかったが、調べてみると、色んなことがわかってきた。
蓄音機としての歴史は、エジソンが吹き込んだ声でデモンストレーションで再生したものが始まり。
ポイントは、エジソン自身が吹き込んだと言うこと。
そう、レコードである前に、今風に言えばボイスレコーダーだったわけだ。
だから「蓄音機」なんだと。
(当時のエジソンと蓄音機。ラッパ部分は取り外し型だったらしい)
レコード現物を見たことすらない現代の子どもたちとは違って、私の子ども時代はレコードを普通に使っていたものの、システムコンポとしてのレコードプレーヤーで再生するものだった。
だから、「蓄音機」といえば近所で毎月やっていた骨董市に並ぶ、「古いレコードプレイヤー」というイメージでしかなかった。
もちろん、実際に動いているところを見たことなどなかった。
それが、調べてみると、蓄音機とは、あの、花みたいな部分(ホーン)に向かって話すことで、「録音」が出来、それを「再生」すると、今度はホーンから音が出る装置のことだとわかった。
さらに驚くべきことは、エジソンが蓄音機を作るまで、「声」の振動をグラフで表した人ははいても、「再生」する装置は存在しなかったということ。
つまり、エジソンが「録音・再生文化」を作ったのだ。
これは当時、相当衝撃的だったらしく、最初にエジソンが蓄音機のデモンストレーションをした時に、エジソンがその場で「メリーさんの羊」を歌い出したと思ったら、今度はどこからともなくエジソンの声でその歌が流れたので、誰かが隠れていたんじゃないか、と探したという逸話もある。
今でこそ、「音楽」を入れるものが「レコード」になったけども、「録音する(record)」という意味があるように、録音を含めての「レコード」だった、というわけ。
そして、その「自分の声を録音できる」からこそ、あの、「ビクターの犬」が生まれた、ということもわかったのだ。
「ビクターの犬」のモデル?
「ビクターの犬」は、蓄音機に耳を傾けていることで有名だが、私は毎日スピーカーを見ながら、子供心に、なんで犬が、レコードを聴くわけ?
・・・と思っていた。
「ヒズマスターボイス」としても、何を「マスター」してんのよとも。
その当時は犬を飼っていなかったし、飼っていたとしても、「レコード」にそんな近づく犬いるかなと。
そう、ロゴマークのための創作感が強かった。
売るための。
でも調べてわかったのは、なんで、あの犬があんなに蓄音機に近く、そして耳を傾けていたかっていうのは、「蓄音機」だからだった、ということ。
その理由がわかるエピソードがある。
「ビクターの犬」は、イギリスの画家が描いたものが元になっているそうで、それがこちら。
実際に存在した蓄音機と犬を描いたものです。
(モノクロなのはモノクロ写真しか残っていないから)
これ、なんか気づきません?
モノクロの方が原作(オリジナル)なんですが、下のカラーの方と、
蓄音機が違いますね。
そもそも蓄音機の始まりは、エジソンが作った蓄音機「フォノグラフ(phonograph)です。
しかし、先ほどのエジソンの写真を見ていただいてわかるように、「円盤レコード」ではないんですよね。
これは「円筒レコード」と呼ばれるもので、この初期化型は、金属のスズを巻いてそこに針で記録していたものです。
エジソンと電話の発明を競ったグラハム・ベルがそれを「ロウ」に変えた「グラフォフォン(graphophone※)」を作り、それ以来は「ロウのレコード」が主流になるものの、エジソン蓄音機と言えば、この「円筒型レコード」です。
※グラフォフォン(graphophone)は、エジソン蓄音機フォノグラフ(phonograph。phono=音、graph=記録する)を前後逆にしたもの。エジソンとベルのライバル関係がよくわかるエピソード
しかし、カラーの方は円盤レコードですね。
そしてこの円盤の方が、「ビクターの犬」の元ネタになっているわけです。
「ビクターの犬」誕生の秘密
蓄音機発明当時はまだ、「録音・再生」文化がなかった時代ですから、この蓄音機の使い道というものは、いろいろ考えられていたわけですが、その一つが、「声の録音」でした。
今のレコードのように「記録した音楽を再生するもの」ではなく、「ボイスレコーダー」のように使うこともあったんですね。
そしてその絵が誕生した理由もまさにそこなんです。
この犬、名前を「ニッパー」と言いまして、知らない人にはよく人に咬みつくので、工具のニッパーと同じ名前をつけられたオスのテリア系の犬です。
(写真はジャックラッセルテリア)
そしてこの絵を1898年に描いたのが、このニッパーの二代目の飼い主である、画家のフランシス・バロウド。二代目というのは、元の飼い主がいたからですね。
元の飼い主は、フランシスの従兄マーク・バロウド。
しかし、マークは病気で亡くなり、フランシスがニッパー(とマークの息子)を引き取ったわけですが、ある日、蓄音機で再生したもののなかに、兄マークの声がふくまれていたものがあり、
それを聞いたニッパーが、蓄音機の前で座って、不思議そうにのぞきこんだそうです。
その姿を見てインスピレーションを受けて描いたのが、先ほどの、エジソン型の円筒型レコードの蓄音機での「蓄音機と犬」の原作なんですね。
「蓄音機と犬」の正式なタイトル
今でこそ、テレビに向かって吠える犬がいたり、その場にいない人の声を聴く動物も少なくありませんが、当時は、テレビどころかラジオもない時代。
犬が、録音された声に触れるなんてこともないわけです。
まして、蓄音機から聞こえるのは、3年前に亡くなった飼い主の声です。
ニッパーは不思議だったでしょうね。
その様子が、この首をかしげているニッパーの絵からも伝わります。
実際、私は今、犬を二頭飼っていますが、一頭目に飼ったミックス犬(シープー)は、子犬の頃、電話越しに聞こえる家族の声を、本当の声だと思って、「どこ?どこ?」と言わんばかりに部屋中探しておりました。
録音されたものでも、飼い主の声というのがわかるんですね。
このニッパーが何を考えていたかは当然知るよしもないですが、離ればなれになった元飼い主の声を数年ぶりに聞こえて不思議に思ったのでしょう。
音の出所はこの、大きな花みたいな所だということはつきとめたものの、なぜここから、飼い主の声が聞こえるかわからない。
きっと、ご主人様に大事にされていたんでしょうね。
ニッパーは、その名の通りヤンチャな犬だったようですが、大人しく座って、彼の主人の声を聴いている姿を、フランシスは絵に収めたわけです。
そして、フランシスがつけたこの絵のタイトルが、
「ヒズ・マスターズ・ボイス(His Master's Voice=彼の主人の声)」。
「蓄音機と犬」は、「ハチ公」みたいな忠犬物語だったというわけです。
・・・と、ここで気づいたのですが、
私は父に「ヒズマスターボイス」と教えてもらっていたのですが、
実際には「主人(Master)」の所有格「Master's(マスターズ)」でした。
感動的なお話とともに、なんだかおかしな英語だなぁという疑問がやっと解消した、というわけです。
「蓄音機と犬」が「ビクターの犬」になった理由
というわけで、エジソン型の円筒式蓄音機の飼い主の声に聞き入る犬、というのがこの絵のテーマだったわけですが、これ、あまり評価が良くなかったようですね。
フランシスはこの絵で商標を取り、いざこの蓄音機のメーカー(エジソン・ベル社)にも売り込んだんですが、「犬が蓄音機を聴くわけがない」と一蹴されたようです。今と違って、録音した飼い主の声を聴くシチュエーションがないだけに、ムリもないといえばムリもありません。
そこでフランシス、この絵を買ってくれる円盤式蓄音機を出しているライバル会社ベルリナー・グラモフォンが「ウチの製品に描き替えたら買い取る」となり、ついにあの、「円盤形レコードを聴く犬」の絵になったようです。
そして、この絵が企業のロゴマークになり、社名が「ビクター・トーキングマシン」になり、日本では、日本ビクターのロゴ、「ビクターの犬」として定着したんですね。
なお、この絵が買われたのが1900年ですから、100年以上も前から使われている、世界中の人が知っているロゴなんですね。
そして、業界的にも、円筒型レコードよりも、円盤形レコードの方が安く大量に作れるということで、「ビクターの犬」はレコードの代表的なイメージ作りをしてきた、というわけで、その後、グラモフォンが合併してEMIになり、レコード販売部門として「His Master's Voice」を略した「HMV」というブランドネームができた、というわけ。
なんかこの、「オリジナルで断られて、ライバル会社に」という話を聞いて個人的に、
『キン肉マン』の原作では「なか卯」の牛丼だったものが、アニメでは吉野家に変えさせられ、散々宣伝させられたいたが、後年、吉野家がキン肉マンとのコラボを断って「すき家」になったことを思い出しましたね。
まとめ+α
こういった歴史に触れて、ようやく、「なんで犬が蓄音機?」と思っていた積年の私の疑問が晴れたわけです。
本当は、「飼い主の声を聴く犬」だった、と。
それなら、蓄音機をのぞくのも不思議なことではないなと。
そこで私、蓄音機を我が家の愛犬たちに聞かせることにしましたが、長くなりましたのでこれはまた別の記事でご紹介します。
それにしても、「レコードを聴く犬」は一部創作で、本当は「ボイスレコーダーとしての蓄音機で飼い主の声を聴く犬」だったとは・・・
だからこそ生まれた「一瞬」を切り取ったのがまさにあの絵で、
そのことを知って原画を見れば、
タイトルにもあるように、
絵であるにも関わらず、
彼の主人の声(His Master's Voice)が聞こえてくるような気がしませんか?
参考:Wikipedia日本語版、Wikipedia英語版、JVCケンウッド、ニッパー物語、学研大人の科学、バンダイおもちゃミュージアム、DIETZELMOTEL
ほか
原画の上から円盤式蓄音機に描き替えられているため、原画は存在しないようですが、「ビクターの犬」グッズはいろいろ出ているようですね。