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「自分で考えること」がなければ、意味がない。

私の練習は、選手たちにどうやってこれを伝えるのか、考えさせるのか、手を替え品を替え、毎日工夫して進化させているのです。
私の練習は、必ず相手をつけて行います。例えばサイドから攻略する攻撃を守備をつけずに繰り返し行うような練習はありません。
「止める、蹴る」がうまくなるというのは相手がいた上での話であり、相手のいない練習でいくらうまそうに見えても、相手の動きに応じた判断の良さも含めて上達しなければ試合で出せません。
なんのための技術であるかを、個々が認識した上で使いこなしていかなければ意味がないのです。相手をつけて試合を想定しながら練習をすることで、自分の中で見えてくるものがあるのです。
それぞれの選手に、どの技術をどう伸ばしていくかを考えさせるのです。自分と向き合うというとき、『考える』が入ってこなければ意味がない。

技術的に「自分と向き合うこと」について
伝わる技術 -力を引き出すコミュニケーション-
風間八宏

名古屋グランパスをJ1昇格、川崎フロンターレを優勝に導いたコーチの著書。

私も考え方に賛同します。

『スキル』

とは相手のディフェンスやオフェンスといった戦略、味方の状態や得手不得手、それまでのプレイの成否、時間的条件などコート上で起こっているあらゆることを知覚し自分の運動を呼び起こすことであると私は定義しています。しかも、同じ条件が訪れることは2度となく、次にスキルを発揮すべき場面ではあらゆる条件が前回とは異なっている可能性が極めて高い。その場面でも適切なスキルを発揮するためには状況を正確に知覚する必要があり、この知覚のためにもトレーニングが必要で、状況を知覚する必要のない練習の繰り返しはこのトレーニングには資さないと考えます。

僕は基本的に選手が上達することしか考えていません。勝敗が気にならないという意味ではないときっぱりと言っておきますが、仮に優勝したとしても選手が上達しないシーズンであるならそれはコーチとしての自分の価値がないということに等しいです。
選手の上達を練習を考えて工夫することは楽しくもあり大変です。どれだけ考えても思ったような反応ではないことが大半ですが、それもまた楽しい部分でもあります。

そんなことを今日もスターバックスで考えながらこの文章を書きました。

おわり

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