ゲームクリエイターの言う“体験”とは何を指しているのか?
ゲームクリエイターは”体験”という言葉をよく使う。体験を作る、体験を提供する、などなど。体験を作るという言葉は、ゲームデザインの教科書的な書籍「ゲームデザインバイブル」でも重要なテーマとして登場する。では、ここで言う体験とはいったい何を指しているのだろうか。
ここ最近、X(旧twitter)のタイムラインでゲーム開発におけるメカニクスと体験についてのやりとりが活発に行われていた。とても楽しい議論だったのだが、各々の言う体験の意味するところが微妙に異なる印象を受けた。
そこで本記事では、ゲームクリエイターが使う体験という言葉の意味するところを自分なりに分析してみようと思う。
1.導入
この記事の背景
X(旧twitter)のタイムラインでゲーム開発におけるメカニクスと体験についてのやりとりが盛り上がっていた。
しかし各々の使う体験という言葉の意味するところが微妙に異なる印象を受けた。
この記事の目的
この記事では、ゲームクリエイターの言う体験とは何を意味しているのかを整理したい。
それによってX(旧twitter)で行われたメカニクスと体験に関するやりとりの解像度が上がると嬉しい。
特定の使い方が正しくて、それ以外の使い方が間違っているというような話はしない。
2.分析の道具立て
MDAフレームワーク
ゲームデザインやゲーム研究のための理論。
ゲームをメカニクス/ダイナミクス/エステティクスの3つのレイヤーに分けて考える。
メカニクス[Mechanics]:当のゲームに含まれる、データ表示やアルゴリズムのレベルでの 個々の構成要素のこと。
ダイナミクス[Dynamics]:プレイヤーによる入力およびその他の各エージェントによる出力にもとづいて経時的に作動する、メカニクスの実行時の挙動[run-time behavior]のこと。
エステティクス[Aesthetics]:プレイヤーがゲームシステムとやりとりする際にプレイヤーの内に生じる、望ましい感情的な反応[emotional responses]のこと。
ルールとフィクション(ハーフリアル)
ゲームはルール(現実)とフィクション(虚構)の二面生を持つという考え方。イェスパー・ユールによる著書「ハーフリアル」にて提示された概念。
ルール:ステートマシン(状態機械)を構成するもの。プレイヤーに克服すべき課題を与え、それにプレイヤーが応えることでゲームプレイが成立する。
フィクション:ゲームが表現する虚構世界のこと。ルールと一致することもあれば、一致しないこともある。
物語論
物語の定義:一連の出来事の表象。ゲームにおいては、ルール上の行為が出来事を表彰し、その一連が物語として解釈される。
物語的結合:表象される出来事のあいだのなんらかの繋がり。物語として解釈されるためには出来事間の因果関係など、なんらかの繋がりが必要とされる。
3.”体験”の用法の分類
MDAフレームワークによる分類
MDAフレームワークの3つのレイヤーから体験という言葉を分析すると、エステティクス(美的な価値判断)を含むかどうかという分類ができる。
何らかのダイナミクスに対して「楽しかった」「緊張した」などのエステティクス的な感想も含めて体験と呼ぶ場合は、価値判断を含むんでいると言える。ちなみに体験に類似した語としてUXと言う場合は、感想を含むのが一般的なようである。
対してダイナミクス自体のことを体験と呼ぶ場合は、価値判断を含まないと言える。
僕はMDAフレームワークを念頭において考えていたのでメカニクスに対する体験とは(価値判断を含まない)ダイナミクスを意味すると捉えていたが、X(旧twitter)のタイムライン上ではエステティクス的な価値判断まで含めて体験と言っている人が多いように感じた。
ルールとフィクションによる分類
ルールとフィクションの概念から体験という言葉を分析すると、ルール上の体験/フィクション上の体験という分類ができる。
たとえば、プレイヤーがマリオを操作してクリボーを踏みつけたとき、ゲームトークンを操作して障害を取り除いたというステートマシンの状態遷移としての体験が生じる。これはルール上の体験と言える。
同時に、配管工のマリオという男がクリボーという生き物を踏んづけたという虚構世界上の体験も生じる。これはフィクション上の体験と言える。
X(旧twitter)のタイムラインの上では、メカニクスと体験のどちらから考えるべきかという議題にたいして、メカニクスとフィクションの兼ね合いも考慮する必要があると指摘している人がいた。おそらく体験という言葉にフィクション上の体験が含まれていない可能性を考慮しての指摘だと思われる。
物語論による分類
物語論の諸概念から体験という言葉を分析すると、物語的体験/非物語敵体験という分類が出来る。
物語論の定義から、なんらかの関連性をもった一連の出来事は物語として解釈される。つまりメカニクスから生まれた一連の出来事はプレイヤーに物語として解釈される。これは物語的体験と言える。
対して単発の出来事や関連性の無い出来事群は物語として解釈されないことになる。これは非物語的体験と言える。
X(旧twitter)のタイムラインの上では、メカニクスを考えることは点で考えることであり、体験を考えることは出来事の時系列的な繋がり(とそれによる感情変化)を考えることであるというポストがあった。ゲームデザインの考え方としてたいへん参考になるとともに、物語的体験を指して体験と呼んでいるように感じられた。
体験という言葉が「全体」や「総合」を想起させるという言説もあったが、これも物語的体験に近い解釈のように感じられた。
4.分析して見えてきたこと
“体験”を重視する人の傾向
体験から考えるかメカニクスから考えるかという議論で、体験を重視する人は体験という言葉に色々な概念が付加されているように感じた。
特に今回分類したところの物語的体験(とその価値判断)は、プレイヤーがゲームから受け取る価値そのものといった感じの概念なので、ゲームデザインにおいて非常に重要なファクターになると思われる。
“体験”を重視しない人の傾向
体験を重視しない人は、体験という言葉を単なるダイナミクスに近い概念として捉えている、あるいは体験という言葉に対する各々の解釈の違いに慎重になっているように感じた。
僕はMDAフレームワークを念頭に置いて、ダイナミクスとエステティクスは切り分けた方が便利と考えていたため、体験という言葉を単なるダイナミクスと捉えて使っていた。
そのため体験(ダイナミクス)から考えた方が価値(エステティクス)を想定しやすいというメリットはあるが、別にどっちから考えても大差無いという立場だった。
また、価値(エスティクス)を想定せずに体験(ダイナミクス)だけ考えるのも難しくない?と疑問を感じていた。
メカニクスを重視すべきという主張の精緻化
僕がX(旧twitter)のタイムライン上で観測した範囲では、「ゲーム開発では体験を重視すべきという主張が多いが、メカニクスを重視する作り方にもメリットがある」というような内容のポストを発端に、議論が盛り上がっていったように感じる。
素朴な理解としても、メカニクスからの連想でキャラクターや世界観が発案されたり、メカニクスの組み合わせから意外なダイナミクスが生まれて面白さに繋がったりということはよくあるため、メカニクスから考えるというのは全然ありだと思う。
しかし今回の分析を踏まえてメカニクスを重視するという考えを咀嚼してみると、メカニクス自体に対するエステティクスは存在するのか(そしてそれを考えることに価値はあるのか)という新たな議題が見えてきた。
メカニクスに対するエステティクス
MDAフレームワークでは、メカニクスからダイナミクスが生じ、ダイナミクスからエステティクスが生じるという説明がなされている。故にエステティクスに近いダイナミクスから考えるのが良い(あるいはエステティクスとダイナミクスの両者を含んだ意味での体験から考えるのが良い)と言われがちである。
しかし、まだ遊んでないボードゲームのルールを読んで「美しいルールだ」と感じるような、メカニクス自体に対するエステティクスというものが想定できるかも知れない。
美的価値の高いメカニクスを考えることで、例えば虚構世界の法則の納得感を高めるだとか、フィクション上の体験への没入感を高めるといった効果があるとするならば、ゲームデザイン的に価値のある概念だと言える。
とはいえ、どんなに美しいルールだと感じても、遊んだ結果面白くなければ美的判断は上書きされるような気もするので、メカニクス自体に対するエステティクスという概念にどれほどの価値があるかは、現状ではなんとも言えない。
5.まとめ
記事の要約
X(旧twitter)のタイムラインでゲーム開発におけるメカニクスと体験についての議論が行われていたが、体験という言葉の用法が人それぞれ違うように感じたので整理した。
主に以下のように分類できる。
美的な価値判断を含まない用法/美的な価値判断を含む用法
ルール上の体験を表す用法/フィクション上の体験を表す用法
物語的体験を表す用法/非物語的体験を表す用法
メカニクスに対するエステティクスの考察という新たな議題が出てきた。
例えば遊ぶ前にルールだけ見て美しいと感じる感覚
言いたいこと
X(旧twitter)でのやりとりも楽しかったし、分析するのも楽しかった。
体験という言葉の用法を自分なりに整理したが、どれが正しいみたいな主張ではないし、今後は厳密に使い分けるべきという主張でもない。
今後の課題
メカニクスに対するエステティクスという概念について掘り下げたい。
実はメカニクスという語も各々の解釈が微妙に違う。
参考資料
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