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世界最大のブランドコングロマリット、LVMHが進めるデジタル戦略

昨今ラグジュアリーブランドの経営において、デジタルタッチポイントの重要性が急速に高まっています。McKinsey&Companyのレポートによれば、2025年にはラグジュアリーブランドのオンライン売上比率(EC化率)は売上の19%(現状12%程度)に成長する見込みであり、またECか店舗にかかわらず、売上全体の80%はオンラインの活動に何らかの影響を受けていることが言及されています。

また日本では昨年スタートアップを起点にD2Cが盛り上がり、大手企業でもD2C戦略が活発に議論され始めている状況のため、海外大手ブランドのデジタル戦略にも少なからず関心が高まっています。

そこで、これまでデジタル領域に対してかなり保守的だったラグジュアリー業界の雄であるLVMHが、足元でどのようなデジタル戦略を推進しているのか、できるだけ業界知見のない方にも伝わるよう、簡単にまとめてみました。

1. LVMH Moet Hennessy Louis Vuitton S.A.とは

75ブランドを世界70ヵ国に展開し、売上€53.7B(6.4兆円)、営業利益率21%を誇る世界No.1ブランドコングロマリットです(FY2019)。1987年ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーの合併により誕生。主要事業であるファッション・レザーグッズ部門が全体の売上の半数を占めています。ルイ・ヴィトンやディオールが好調で、特に中国をはじめとしたアジアでのシェアを拡大しています。

EC関係の売上をIR資料から読み取ることはできませんでしたが、コンテンポラリー/カジュアル系ブランドに比べてデジタル戦略は遅れており、個人的な感覚になりますが、おそらくEC化率は10〜15%程度ではないかと思われます。

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M&A戦略でグループを大きくしてきたことは有名ですが、直近ではティファニーの買収が話題になりましたね( 買収金額 $162億ドル ≒ 約1.7兆円)。

LVMHグループの株価推移(時価総額 €2,000B ≒ 24兆円)

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ちなみに長くなるので割愛しますが、LVMHのホームページに記載されている行動規範、 サプライヤー行動規範、ビジネスモデルなどはブランド経営に従事している方には参考になるので、おすすめです。

2. LVMHのデジタル戦略を統括するのは、47歳のシリアルアントレプレナー

現在LVMHのCDO(Cheif Digital Officer)を務めるIan Rogers(イアン・ロジャーズ)は、元々はApple MusicのベースとなったBeats Music(ビーツ・ミュージック)の責任者(CEO)を務めていた人物です。Beats Electronics(ビーツ・エレクトロニクス)のAppleへのM&A(買収金額 $3B ≒ 3,250億円)を経て、AppleのシニアディレクターとしてApple Musicの立ち上げに参画していました。

それ以前のキャリアはTopspin MediaのCEO、さらにその前はMediacodeというスタートアップのCTO兼創業者でしたが、同社は2003年にYahooに買収されています。つまりイアン・ロジャースは2度のテックジャイアントへのM&Aを経験しており、起業経験豊富なテクノロジーバックグランドのシリアルアントレプレナーです(特に音楽系)。

そんなラグジュアリーブランド業界とは縁遠いキャリアであった彼が、Appleを突然退職し、LVMHのデジタル担当役員(CDO)に就任したことは大きな話題になりました。

もともと保守的な経営で知られており、デジタル戦略も慎重に進めてきたLVMHにとってはかなりアグレッシブな人事ですが、それだけ経営陣にとってデジタル戦略推進の重要度・緊急度が高まっていたのだと思われます。

3. イアン・ロジャーズの進めてきた4つのデジタル戦略

1. はじめに着手したのは、ECプラットフォーム

イアン指揮のもと、LVMHは2017年6月には新しいECデパートメント「24 Sèvres(24セーブル)」をオープンしました。パリのセーブル通り24番地はグループ傘下で世界初の百貨店であるLe Bon Marché(ボン・マルシェ)の所在地であり、ボン・マルシェのEC部門という位置づけです。

グループ傘下のブランド(ルイ・ヴィトン、ディオール、セリーヌなど)だけでなく、他社のラグジュアリーブランドも含め(グッチ、プラダ、バーバリーなど)、ローンチ初期は150ブランド以上を取り揃え、世界70ヵ国への翌日発送サービスにも対応していました(現在は約200ブランドのラインナップ)。

足元ではテクノロジー人材を60名ほど集めて特別チームを作り、よりハイエンドで、新しいデジタルショッピング体験の構築に取り掛かっているという噂もあるようです。

ただ取扱ブランド拡大を続けつつも、実店舗であるボン・マルシェとの連動なども大きな論点になっています。また24セーブルの全ブランドの約70〜80%はLVMHグループ外のため、在庫データ管理などオペレーション面でもまだまだ課題あることが推察されます。

「マス向けのニーズを限定された複数ソリューションで満たすのではなく、不特定多数のニッチニーズを満たすことでマス化する」というインターネットサービスらしい展開を考えているようですが、サイトをみる限りでは、まだその過程と言えそうです。

2. スタートアップエコシステムとの関係強化

2017年頃からLVMHはスタートアップエコシステムとの関係を強化、スタートアップやテクノロジーへの投資やアクセラレーションプログラムを開始しています。イアン・ロジャースも主体的にメディアやイベント露出しています。

2018年にはファッション商品の検索エンジンLystの$60MのCorporate Roundに参加、LVMHからは$30M弱の出資であったと言われています。

またLa Maisons des Startups というアクセラレータをプログラムも昨年から開始しており、13社のスタートアップがLVMHグループのブランドとの協業準備を進めています。

加えて、2018年からはフランスのオープンイノベーションイベントであるViva Technolgogyにも積極的に参加しています。LVMHの抱える課題にチャレンジできるLVMH Innovation Awardに選ばれた30社のスタートアップを俯瞰してみると、彼らがどういった領域に関心があるのか、もう少し読み取れるかと思いましたが、特に際立った特徴があるとも言えません。

3. 中国のEC販路拡大

中国では主にTmallでの販路拡大を積極的に進めています。Luxury Pavilion(ラグジュアリーパビリオン)というTmall内でも高級ブランド向けプラットフォームを中心に、すでに10数個のブランドがTmall出店をしている模様。最近ではLVMH傘下のKenzoもTmall上にフラグシップ店舗をオープンしています。ラグジュアリーパビリオンは、にわかには信じがたい話ですが、ローンチから1年程度で顧客1名あたりの累積購買金額が$159k(約1,700万円)と非常に高額であり、これが事実であれば、いま大手ラグジュアリーブランドがこぞってTmall出店を検討している状況もうなづけます。


4. 新しいトレーディングテクノロジーへの投資

しばらく前にLVMHがMicrosoftとConsenSysと組んで、ブロックチェーン技術に投資したニュースが、ファッション業界で少し話題になっていました。真贋対策はラグジュアリーブランドにとってかなり大きなイシューとは言え、これまでの当社の歴史を考えるとかなり先進的な取り組みだったのではないでしょうか。AURA PF上では原材料の段階から中古市場に至るまで、全ての製品情報とトラッキングし、真正性を保証できるため、もし普及すればかなりの事業インパクトが期待されます。


4. 「オンラインならではのラグジュアリー体験」を志ざすも、現状はまだ第1フェーズ

足元では上記の戦略に加えて、InstagramやWeChatを中心とした顧客のデジタルタッチポイントの積極的に強化しつつ、自社ブランドEC(D2C)への集客を強化しているようです。スタートアップへの投資やテクノロジー活用を進めているものの、彼らにとってはまだまだスモールな取り組みであり、PRや実験的な位置付けであると推察されます。

総じて彼らのデジタル戦略自体とてもシンプルで目新しさはないのですが、実はセリーヌほどのブランドでもInstagramのアカウントの運用開始は4年前であり、ルイ・ヴィトンも中国でECを開始したのは2年前。それを考えると、イアンがCDOに就任してからLVMHにとっての「デジタルトランスフォーメーション」は着実に進み始めたと言えるのではないでしょうか。

ただ当社のデジタル系の求人を俯瞰してみても、エンジニアリング人材を集めているというよりも、業務・システム設計ができる人材を中心に採用している状況です。そのため、オムニチャネル戦略を進めていくとしても、まだまだApple StoreのようなO2O/OMO店舗にチャレンジするにはハードルが高いと思われます。またファッション業界では依然として、IT人材とのカルチャーギャップが大きく、当社の役員構成などをみても、物流や生産面でのデジタル化はさらに先の未来になることが予想されます。

5. 今後予想されること

イアンのインタビューやこれまでの取り組みなどを総合して考えると、ラグジュアリー業界とのカルチャーギャップに相応に苦戦していることが推察されます。スタートアップエコシステムへの投資など、彼自身が比較的フットワーク軽く実施できる施策には積極的である一方、ECプラットフォームの構築や中国展開などは必ずしも彼の強みが活きる領域とも言えません。

またLVMHでは、ルイ・ヴィトンをはじめとしたブランドのオリジナルアプリなどをこれまでも多数リリースしてきましたが、Zaraなど他社アプリに比べてUI/UX面で見劣りする点も少なくありません。ブランドSNSもファンの規模を踏まえれば、潜在フォロワー層はまだまだ多いはずです。

したがって、これまでの経緯や状況などを踏まえると、今後の戦略はよりシンプルに

「LVMHグループの自社ECのグローバルD2C体験の向上」
「中国Tmall ラグジュアリーパビリオンへの出店ブランド拡充」
「オムニ化に向けたバックエンドシステムへの長期投資」
「デジタル人材育成および役員登用」

などを着実に進めていくことが予想されます(特別な人事などが発生しなければ)。

デジタル戦略であっても、アーリーアダプターではなく着実に、というLVMHらしい戦い方になるのではないでしょうか。

"The big moment for an organization is when they have embraced the fact that digital transformation isn’t a technical issue, but a cultural change. Organizations need to accept that digital culture is something that they really need to invest in."
“At Apple, talking about “digital” is like talking about oxygen.”
“I predict that in ten years’ time, the Chief Digital Officer title will go away. It is a transitionary role.”  

Ian Rogers.


参考)その他マーケティング関係記事

 



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EIR @ Delight ventures by DeNA。元スマービー創業者兼CEO、ストライプインターナショナルへのM&A、ストライプデパートメント取締役(CPO/CMO)を経て、現在に至る。ex-DBJ / ex-Dream Incubator

コメント2件

Cheif Desital Officer スペル
誤字のご指摘ありがとうございます!修正しました。
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