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ノベル集 #3 Love

私は人を心から愛せるようになりたいの。

そう言って詩織に別れを告げられてから1ヶ月半が経った。

いつか終わりがあることだから、とそれほど喪失感を持つことが無い自分に少し呆れて

(自分はいつからこんなになったのかな。。。)と自問自答する。

詩織に、あなたは狂おしいほど人を好きになった事がないって言ってたよね。

と言われたことを思い出した。

その言葉は、詩織と出会った頃に悪気もなく口から出てしまった言葉だった。

妻の裕奈とは、大恋愛の末 というよりは、お互いにこの人なら家族としてうまくやっていけるだろうと考えた末の結婚だった。 というか自分はそう思っていた。

もちろん妻に愛情だってある。
ただ、それが彼女に恋焦がれて自分のものにしたくて。という気持ちになったことがあるのか。と聞かれると、当然。とは断言できない。

そんなことを考えながら、まだ少ししか人のいない店内を見渡す。

そろそろランチの準備だな。。。

そう思っていたところ、店のドアが開いて、若い男性客が3人入ってきた。
彼らは近くの大学で研究をしている大学院生で、よくランチの時に来てくれる常連だった。

マスター、ちょっと早いけど、ランチいいですか?

一人がいつもの穏やかな笑顔で話しかけてくる。

(その笑顔で言われると断れないよ。)

うん、いいよ。ちょっと待っててくれたら。

すみません。今日ちょっと早く帰りたいんでお昼早めに終わらせたくて。

今日、彼女の誕生日なんだよな?

もう一人の学生が、揶揄うように勝手に口を挟むが

そうなんです。だから早く帰って、夕飯は久しぶりにちょっと豪華にしたいと思って。

千紘、すごいんですよ。家でほぼ家事やってるって。

直哉は、微笑みながら

それはすごいね。彼女も助かってるだろうね。

と言うと、

いや、僕の方が時間があるから。彼女は働いてますし、最近残業も多いので。

と、当然のように答えが返ってきた。

(懐かしいな。自分にもこれくらいの時があったかも)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

20年以上前、自分も彼女の部屋に転がり込むようにして暮らしていた。

自宅が遠かったわけでもない、ただ彼女を独占したくて。

莉彩はとても美しい人だった。 サークルの勧誘で彼女の大学に出かけ、一目で恋に落ちた。

想いが通じ合ったと思ったときは、こんな綺麗な人が、自分のような平凡な男を好きになってくれたことが信じられなかった。きっと神様が自分にくれたプレゼントなんだとさえ思った。

彼女の目にするものは全て自分でありたかった。彼女が好きな俳優やミュージシャンにすら嫉妬していた。

平凡極まりない自分は、長髪も派手な服も似合わない。。。

子どもじみた嫉妬を口に出すと、彼女は困ったように笑って言った。

俳優さんは演技が好きなんだし、ミュージシャンは音楽が好きなんだよ。夢を見せてくれたらいいの。プライベートなんて興味ないし、私が好きなのはあなただけ。

高校時代からの悪友達にも、可愛い彼女と羨ましがられた。自分が何か特別な存在になった気がして気分が良かった。


そのうえ、彼女は素晴らしく頭が良かった。自分がレポートに手こずっていても、違う大学の受けたこともない授業のレポートを、莉彩は一晩で代わりいくつも代作してくれた。彼女の書いてくれたレポートは、著しく評価も高く、自分の教養科目の成績は、彼女のレポート以外は散々な成績だった。

きっと彼女から別れると言い出されない限り、2人はこのまま幸せにやっていけると信じていた。

でも、別れを切り出したのは自分だった。

3歳年上の自分が先に就職して、地元を離れた。
遠距離恋愛になっても、自分達なら大丈夫だと思っていた。

彼女と離れて1ヶ月経った頃、自分が大丈夫じゃないことに気がついた。

莉彩は、今何をしてるんんだろう。他の人に心を奪われてないか。

そう考えると気が狂いそうだった。次の休みを毎日数えて過ごした。

仕事から帰ると少しでも声を聞きたくて電話をしていた。

2ヶ月経った頃、仕事と彼女でいっぱいいっぱいになっている自分に気がついた。

そして自分自身のメンタルの状態が限界になりそうなことにも。

あの頃の自分は未熟で、それを莉彩のせいにしてしまった。彼女に、待っていられることが辛いんだ。と別れを切り出した。

莉彩は泣いていた。最初は嫌だと言ってくれたが、何度か話し合って、待ってるよ。とだけ言ってくれた。

しばらくして、彼女が体調を崩して大学を休学していることを聞いた。

心配する資格もないとは思いながら、連絡をすると彼女は

大したことないんだけどね。ちょっと入院することになって。

あ、あと、私彼氏できたの。一目惚れしちゃって。

と、明るく笑っていた。

そうなんだ。惚気話を聞かされると複雑な気持ちだよ。

と正直に言ったけれど、自分でも、なぜそんなことを言ってしまったのかわからなかった。

勝手に別れを切り出したのは自分なのに。

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それから、自分にも彼女ができたが、莉彩のように全身全霊で自分を愛してくれる人はいなかった。

卑怯だなとは思いながら、時々彼女のSNSをチェックしていた。

彼女は大学を卒業してすぐに結婚し、優しい夫と彼女によく似た美しい子ども達と幸せに暮らしているようだった。

あんなに愛してくれる人は二度と現れないなら。。。

と、直哉は自分が無理をしなくても一緒にいられる人と付き合うようになっていた。

そうするうちに裕奈と出会い、遅い結婚をして一人娘にも恵まれた。

働いていた会社は、元々莉彩を喜ばせたくて、就職したところだった。
誰もが知っている超大手企業。。。

実際には彼女は、会社の知名度なんて興味がなくて、身体を壊さないでね。と心配してくれた。

それから、サラリーマンを辞めて、のんびりとした場所でカフェをオープンした。

裕奈は、以前からの趣味だったヨガのインストラクターをはじめ、娘と3人で穏やかに暮らすようになっていた。

そんなとき、SNSを通じて莉彩から突然の連絡。

歳を重ねても変わらず美しく、学生時代のように自分に素直な彼女だった。

私、離婚して、今度再婚するの!

そうなんだ。おめでとう。自分の幸せに忠実でいいと思うよ。

かろうじてそう返信した。

直哉、今度こっちに帰ってきたら、連絡してよ。飲みに行こうよ。

そうだね。連絡するよ。

そう言っても連絡することはないだろうな。と思いながら・・・

会ったら、彼女に惹かれてしまうことがわかっていたから。

きっとまた彼女に溺れてしまう。

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こうして直哉は、妻でもなく莉彩でもない人と婚外恋愛をするようになった。

何人かの女性と出会いと別れを繰り返し、詩織と出会った。

どことなく莉彩を思い出させる彼女。
詩織は彼女とは全く違うタイプだったけれど・・・・

ちゃんと好きだったんだよ。

今更ながら詩織に言いたかった。

莉彩に抱いた感情は自分の人生で二度と持つ機会はないだろうけど。

Madly in Love

一度で十分だ。と苦笑する。

店内は賑やかな話声で溢れていた。





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