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津アンバールさんにて閉鎖蒸留所グレンユーリーロイヤルを飲むの巻

先日有楽町でしこたま飲んだ後にそのまま家に帰ればいいのに代々木公園のバーに立ち寄り、「これ飲んでみてください」と言われて直近リリースされたばかりのボトル厚岸蒸留所の寒露をいただいていたら、カウンターで右隣に座っている若いお兄さんがバーテンダーに向かって「それ、なんて読むんですか?『こうがん』?」と尋ねたので笑い堪えるのに必死で下手な筋トレやるより腹筋に効いた今日この頃ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。「こうがん」蒸留所の寒露飲んでる私っていったい…。

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先日の土曜日は鈴鹿サーキットに向かい、朝3時起きでとても一日が長く感じられたのだが、津に泊まるのにアンバールさんに寄らせていただかないわけにはいかない。4年前のお正月に初めてお邪魔してからというもの、1946年蒸留マッカランいただいたり、67年から72年までのグレンリヴェット垂直飲みさせていただいたり毎回本当にお世話になってます。

鈴鹿サーキットから帰ってきた後、ドーミーイン津のサウナに入って駅前の韓国料理屋で夕食をとり、友人と二人でアンバールさんへ。

久しぶりにお邪魔したのに快く迎えていただき、様々なボトルを頂戴した中で今回一番印象に残ったのはグレンユーリーロイヤル。この閉鎖蒸留所のボトル飲むの人生初。

ロイヤルと言えばロイヤルロッホナガー、ロイヤルブラックラ、ロイヤルハウスホールド、ロイヤルサルートなどを思い出すがグレンユーリーロイヤルはそうそう出てこない。私もバーに貼ってあるすべての蒸留所のポットスチルの写真が載っているポスターで見た程度しか記憶がない。

珍しいものを飲ませていただけるんだなありがたい、とただの珍品扱いしそうになりましたが、久々に飲んで言葉を失うレベルの旨さ。シャインマスカットのような白いブドウの果汁、熟した洋ナシ、リンゴジャム。フルーティーさが際立ち麦の甘みが長く感じられるとても滑らかなフィニッシュ。そして若々しく度数落ちが感じられないコンディションの良さ。韓国料理屋で無駄に生ビールやマッコリを飲んだことをがっつり後悔。感覚が研ぎ澄まされた素面に近い状態で飲んで記憶にずっととどめておくべき一本だった。これまでに飲んだボトルで最高のボトル10本挙げろ、と言われれば確実に入る。

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写真の左側にアードベッグ、お通しのお皿とフォークが映り込んでいるけれど、アンバールのシンボルのネコちゃんが背景に、またグラスの中にも逆さまに映えて気に入っている一枚。ちゃんとしたカメラで構図考えて撮ればよかったとこちらも反省。

あまりに印象が強く残ったので、グレンユーリーロイヤルについて調べてみた。

グレンユーリーのような閉鎖蒸留所について語るときに1980年代初頭のイギリスの景気後退について触れないわけにはいかない。少し歴史のおさらいをしてみる。

産業革命発祥の国イギリスはかつては世界の工場と呼ばれるほどの工業国で世界の石炭、重工業、製造業などで主要なプレイヤーだった。だが戦後労働党によって国有化された大企業が非効率的なままで温存され、1960年代に入って高度成長期を迎えた日本のような新興工業国からの競争に打ち勝てず経済の停滞が始まった。

70年代前半にはオイルショック、株価急落と銀行危機により景気後退が起き、物価が上昇する中で景気が悪くなる、つまりモノの値段が上がるのに給料下がったりクビになったりするという最悪の状況に陥ってしまう。そして70年代後半に労働党政権に対する不満が鬱積し、79年に保守党の鉄の女マーガレット・サッチャーが首相に。

79年にイランの王様が追放されるイスラム革命が起きて世界的に原油価格が暴騰したことをうけイギリスの物価上昇率は80年に22%(去年100円だったものが今年122円に値上がり、というかお金の価値が1年で8割に下がった)に。サッチャーは物価上昇を抑え込むため痛みを伴う改革を断行。その痛みとはイギリスの労働者10人に1人が失業するほどで、世界大恐慌以来最悪な状態に。スコットランドではさらに悪く、失業率が15%程度まで上昇。83年にはインフレ率を4%以下に抑え込むことが出来たものの、失業率は高止まりしたままで景気がまさに一番落ち込んだタイミングとなった。

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出所:英国国家統計局、インフレ率はRetail Prices Index、前年同月比

イギリス、スコットランド経済の低迷を受け、ウイスキーの生産量は70年代のピークからわずか4年で半減。以下のチャートがグレーンウイスキーとモルトウイスキーの生産量のグラフ*1だが、これを見ればどれだけ生産の落ち込みが激しかったかわかる。

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*1: 2016 Bower "Scotch Whisky: History, Heritage and the Stock Cycle"より、補助線と日本語注記は筆者、縦軸単位は純アルコール換算100万リットルhttps://www.mdpi.com/2306-5710/2/2/11/htm

これを受けて83年にはブローラ、ポートエレンなど11の蒸留所が閉鎖され、1825年に創業したグレンユーリー蒸留所も1983年に生産中止、1985年5月31日に操業を終えて160年にわたる歴史の幕が下ろされた。

蒸留所が閉鎖になるところから話を始めてしまって順序が逆になってしまったが、グレンユーリー蒸留所は1825年にロバート・バークレイによって創立された。エディンバラからおよそ150㎞北に行った東ハイランド沿岸、アバディーンの少し南にあるユーリーという場所にあり、そこに渓谷があったのでグレンユーリー蒸留所と名付けられた。

ロバート・バークレイはユーリーの領主かつ国会議員でもあり、そのせいかとある高貴な女性の取り計らいで国王ウイリアム4世から勅許されグレンユーリー蒸留所で作られるウイスキーはグレンユーリー・ロイヤルと名乗れるようになった。ロイヤル、すなわち「王室御用達」を名乗れるシングルモルトウイスキーはロイヤル・ロッホナガー、ロイヤル・ブラックラとここの3つしかない。

高貴な名前を持つ割には不幸なエピソードで有名な蒸留所でもあり、生産が始まってからわずか数週間後にキルンが全焼、モルティングフロアーの一部を焼く火事があり、麦を保存している倉庫なども焼けてしまった。その2週間後には従業員がボイラーに転落して死んでしまった。

バークレイが1854年にこの世を去ったおよそ3年後、蒸留所は競売にかけられウイリアム・リッチーが新たな所有者となった。その後複数の所有者を経て1953年にディアジオの前身となるDCL、ディスティラーズ・カンパニー・リミテッドが経営権を得る。1965(66とも)年には全面的に改装されて蒸留釜が2つから4つに増えたが、3年後の1968年にはフロアモルティングをやめてしまう。その後生産を続けたが、前述した通り1983年には生産を中止、1985年に蒸留所は完全に操業停止となり、1992年には閉鎖された。跡地はアパートメントとして売却されてしまう。

いただいたボトルは1970年蒸留の29年熟成、UDレアモルツ。生産中止となった後DCLからUnited Distilleryに蒸留所が売却されてUDから詰められた変則オフィシャルボトル。生産量が右肩上がりで増えている70年に蒸留され、10年から12年ぐらい熟成したら市場に出そう、と思っていたら運悪くウイスキー冬の時代が到来し、そのせいで瓶詰めが先送りされて結果的に早飲みされることなく29年もの間樽の中で長期熟成され、蒸留されたころにはまだこの世に生を受けていなかった私に半世紀を経て21世紀にもなって飲まれる、という数奇な運命をたどったこととなる。

こうやっていろいろ調べていくとオールドのウイスキーを飲むのはまさにタイムマシンに乗って過去にさかのぼるようなものだ、と感じさせられる。

グレンユーリーロイヤル以外にもグレンファークラスカスクストレングス1978年蒸留ドイツ向け「The Spirit of Independence」も頂戴した。ラベルに独立の象徴であるイーグルがあしらわれている。家族経営で大手資本に属さないグレンファークラス蒸留所の独立精神をかたどったものだ。池袋ジェイズバーさんと信濃屋銀座店の25周年記念ジョイントボトルにも同様にイーグルが描かれていたが、ジェイズの蓮村さんがこのイーグルボトルのようにトール瓶で出したいと言ったら蒸留所から許可が出なかったので残念ながらダンピーボトルでのリリースとなった、というぐらいグレンファークラス蒸留所にとって思い入れのあるアイコニックなボトル。

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日本の県庁所在地の中で最も地味な街の一つかもしれない津だが、ウイスキー好きな人にとってはアンバールさんに寄るだけでも旅に出る価値はある。

時節柄、ご訪問になる前には予約されることをおススメしておきます。


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