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【パロディ】アリとキリギリス(10)

 あるところに、働き者のアリと遊び好きのキリギリスがいました。
 キリギリスは本が大好きでした。夏の間、キリギリスはずっと涼しい日陰で本を読んでいました。
 その間、働き者のアリは暑い日照りの下で、冬のために汗を流しながら、一所懸命働き続けました。
「キリギリス君、暑い夏のあいだに冬の食料の準備をしておかないと、冬になって苦労するよ」
 でもキリギリスはこう言いました。
「アリ君のようにただひたすら働くんじゃなくて、もっと勉強して、楽して稼げるほうがいいんじゃないのかなあ」
 アリはキリギリスの考えに呆れました。
「楽するって、君はなにを言ってんだよ。一所懸命働いたほうがいいに決まってるよ」
「そうかなあ」
「君はきっと後悔すると思うよ」
 アリはぴしゃりと決めつけるように言いました。

 やがて冬が来ました。
 一所懸命働いたものの、おりからの不況で、あまり食料を蓄えることができなかったアリの生活はギリギリで、アリはほとほと困っていました。
「あんなに頑張ったのに、なぜだろう?」
 そのときアリはふとキリギリスのことを思い出したのです。
「僕でもこんなに苦労してるんだ。キリギリス君なんて野垂れ死にしてるかもしれない。きっと僕はまだ、ましなほうなんだろうなあ。この不況下だしね」
 そう言ってテレビをつけたアリは驚きました。
 テレビには時の虫となった名経営者として、キリギリスがインタビューを受けていたからです。
「キリギリスさんはたいそう勉強されたそうですね?」
「はい。僕は夏のあいだ一所懸命勉強し、MBAを取得して、起業しました」
「やはり勉強したことは役に立ちましたか?」
「もちろんです。僕の尊敬する福沢諭吉先生の教えは正しかったんだなと、つくづく思いました」
「やはり勉強は大切なんですね」
「もちろんです。天は虫の上に虫を造らず虫の下に虫を造らず。されども……です」

 たまらなく恥ずかしくなり、アリはテレビをそっと消しました。

 その後アリがどうなったか、知る虫はいませんでしたが、無学なアリはどの職場でも冷遇され、「けっ、大卒のどこが偉いんだよぉ」と酒を飲んではくだを巻くようになったそうです。

(教訓)

「天は虫の上に虫を造らず虫の下に虫を造らず」と言えり。されば天より虫を生ずるには、万虫は万虫みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに虫の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの昆虫世界を見渡すに、かしこき虫あり、おろかなる虫あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴虫もあり、下虫もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教』に、「虫学ばざれば智なし、智なき者は愚虫なり」とあり。されば賢虫と愚虫との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き虫と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き虫という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役はやすし。ゆえに医者、学者、政府の役虫、または大なる商売をする町虫、あまたの奉公虫を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本を尋ぬればただその虫に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺にいわく、「天は富貴を虫に与えずして、これをその虫の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、虫は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴虫となり富虫となり、無学なる者は貧虫となり下虫となるなり

(学問のすすめ 虫バージョン)

小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)