見出し画像

第一章 ライバルの秘密(吉本蓮)(1)

小学五年生、吉本蓮君の話です。
同じ教場に優等生の宮田君がいて、いつも塾では1番。蓮君は宮田君をライバルだと思っていますが、はたして宮田君は蓮君のことをライバルだと思ってくれているのか?
蓮君は宮田君にはどうしても勝てなくて、だんだん勉強への情熱を失います。
そんなとき、お父さんが蓮君にある提案をします。

「また負けちゃった」
 僕は肩を落としてそう呟いた。十月の公開模試で、また宮田勇樹君に負けたのだ。
 僕は吉本蓮。日進研に通う五年生だ。
 宮田君は僕のライバルだ。いや、ライバルと言っていいものか、そのことすら怪しい。
 僕の通うK校は日進研の中でも小規模で、同学年に二十五人しかいない。宮田君はそこで常に首位をキープする、みんなのあこがれの的なのだ。
 ルックスもよくて、サッカーチームに所属していてエース。運動会でもリレーのアンカー選手に選ばれるくらい運動神経抜群。学校では学級委員をしているそうだ。リーダーシップもあって、塾のみんなは宮田君の言うことなら従う。いつも一番の成績だけど、誰にでも偉ぶらずに接する。僕にとってもあこがれの存在だ。
 このあいだもそうだ。新入りの浜名君が、授業中に答えをカンニングしたとき、みんなは浜名君のカンニングを暴いてやろうぜって言った。
 でも宮田君は、こう言ってみんなを止めた。
「いいじゃん。入ったばかりの塾だから、浜名君も舐められないようにって必死なんだよ」
「でも、浜名君、『俺だけがわかった』なんて威張ってんだよ。宮田君はムカつかないの。僕たちはプライドを賭けて、だれが問題を一番に解けるか競ってんだよ」
 僕がそう言うと、宮田君はかぶりを振った。
「そりゃ少しは頭に来るさ。でも、浜名君のことを考えたら、怒る気持ちになれないんだ」
「どうして?」
「蓮君だって、一人ぼっちで塾に来て知らない人ばかりだったら、心細いよね。だったらいいところを見せて、早く仲間に入りたいって思うのは、自然なことじゃないのかなあ」
「そりゃそうだけどさあ……」
「浜名君だってカンニングが悪いことなんて、知ってるさ。いまのうちだけだよ。そのうちこの塾に慣れてきたら、カンニングなんてやらなくなるよ」
 宮田君の説得で、みんなはしぶしぶ引き下がった。僕だって、浜名君に「おまえ、大したことないな」って言われて腹が立ったけど、宮田君が言うならって、納得したんだ。
 はたして宮田君の言う通り、浜名君はそのうちにカンニングすることをやめた。いまではズルをせずに一所懸命問題に取り組んでいる。

 はっきり言って、今回の公開模試は自信があった。
 大手塾の山手学園や公開模試の予想問題をお父さんがネットからダウンロードしてくれたので、対策としてそれらを解いて挑んだ公開模試だったからだ。漢字だって、以前間違えたところを徹底的にやって覚えたし、社会だって歴史の漢字間違いをしないよう、何度も書いて覚えた。理科だって苦手な生物の単元を集中的にやった。
 それなのに宮田君には勝てなかった。
 宮田君には五年生になってから一度も勝ったことがない。いつもクラスの席順は、宮田君が1番で、僕が2番だ。どんなに頑張っても宮田君に勝つことはできない。
 僕はスポーツは苦手だけど、算数は得意だ。通っている小学校では、「算数だけは蓮君に勝てない」って言われるほど、算数には自信があるんだ。
 そんな僕でも宮田君にはコロコロ負ける。今回だって僕の算数の点数は141点だ。ところが宮田君は150点満点。僕の算数の偏差値は69、でも宮田君の偏差値は72。順位だって、僕の順位は1万人中、122位、ところが宮田君の順位は40位だった。
 どんなにやっても宮田君はいつも先を行く。本当に嫌になる。
「今回は僕も調子よかっただけだよ」
 僕の点数を告げたとき、宮田君は申し訳なさそうに、そう言った。宮田君とは毎回点数の教え合いをしているけど、宮田君はいつも同じことを言う。
 僕の点数が悪いときには「今回は調子が悪かったね」。僕がよくても宮田君に勝てなかったときは、「今回は僕も調子がよかった」だ。かれこれ一年間近くこの会話が繰り返されている。最近では、宮田君にこんな気を使わせて、申し訳ないとさえ思うようになった。
 宮田君は、通っている国立附属小学校でもいつも成績トップだと、同じ附属小学校に通っている三輪さんが言っていた。学校でも、みんなのアイドル的存在で、いわゆるスクールカーストの頂点にいるそうだ。
 噂によると、通知表の評価はオール「とてもよい」らしい。お父さんもお母さんもお医者さんで、附属小学校の近くで病院をやっている。「まさにサラブレッド」ってお母さんが言っていたっけ。
 一方僕はと言うと、公立小学校でのみんなの評価は「算数だけはできるやつ」という残念な扱いになっている。
 僕だって、算数以外の教科も得意だ。ただ、学校のカラープリントのテストではいつもつまらないミスをして満点が取れない。だから学校では僕より点数のよい子は沢山いる。
 通知表だって「とてもよい」は算数の2つだけで、あとは「よい」ばかりだ。「もう少し」なんて、七個もあるよ、って塾の子達に言ったら、みんな目を丸くしていたっけ。そんなわけで、僕のスクールカーストは「中の下」がせいぜいなんだ。
 お母さんは「宮田君に勝てなかったのは残念だったけど、あなただって十分にいい成績よ」って褒めてくれる。お父さんは「よっ、ナンバー2の男」なんて茶化してくる。お父さんだって、僕がやっている問題をやってみたらいいんだよ。どんな難しい問題なのか、わかるんだから。
 宮田君と能力が違うのはわかっている。宮田君のお父さんとお母さんは両方とも医者だ。僕のお父さんなんて、しがないサラリーマンだ。このあいだなんて会社から電話がかかってきて、ペコペコしていた。お母さんなんて、大学すら出ていない。遺伝子って言葉をよく聞くけど、遺伝子レベルで、僕は宮田君に劣っているんじゃないかって。
 でも宮田君がいくらすごい人だったとしても、いつも2番手じゃ、いい加減嫌気がさしてくる。塾では面と向かっては言わないけど、「2番の蓮君」と陰で言われていることくらい知っている。なんだよ、みんなだって、2番にもなれていないくせに……。
 宮田君はもう、僕のことなんて、歯牙にもかけていないんだろうな。僕が勝手にライバル呼ばわりをしているだけで、宮田君のほうでは、なんとも思っていない。きっとそうだ。
 その日以来、僕の成績は低迷した。1万人中、122番だった順位は育成テストで323番になり、563番になり、十一月の公開模試では626番、十二月の公開模試ではとうとう1003番になってしまった。
 そんな中でも宮田君は100番以内を常にキープしていた。もう宮田君に負けないとか、そういうレベルではなく、どうあがいてもとうてい勝てないほど離されてしまったのだ。
 いくら頑張っても、宮田君には勝てない。そういう考えが僕を支配した。勉強しても身が入らず、テストを受けるたびに成績が下がっていった。
 宮田君はいいなあ。頭がいいから、あまり苦労しなくてもいい点数が取れる。それに比べて僕は能力が低いから、いくら頑張っても、宮田君には永久に勝てない。宮田君がうらやましい。神様は不公平だ。
 いつしか僕は宮田君のようになりたいと思うようになっていた。
 いや、「宮田君のように」ではなく、僕は宮田君になりたかった。勉強もスポーツも人望もあって、人もうらやむ存在。宮田君と入れ替われたら、どんなにか幸せだろう。僕は宮田君になりたい。

(続く)


小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)