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「その不気味さが、言いしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます」

■江戸川乱歩『江戸川乱歩傑作選』

でも、その不気味さが、言いしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。(「人間椅子」)

数年ぶりの再読。江戸川乱歩に関してはこの『江戸川乱歩傑作選』と『江戸川乱歩名作選』の二冊しか読んだことがないが、やはり、魅力的な作家である。

ぱっと見はその、(言ってしまえば)趣味の悪い奇怪な世界観に一歩ひいてしまうのだけれど、グロテスクというベールに隠された文章力に気づくとき、ハッと驚かされる。


江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポー

江戸川乱歩がエドガー・アラン・ポーをもじったペンネームであることは有名だと思う。名前だけでなく、二人は、文章に対する思想も似ている。

ポーは自身の著作の中でこんな風に書いていた。

ぼくなら手始めに効果を考える。独創的であることを絶えず念頭に置きながら―この明らかに容易に得られる興味の源泉を和えて無視するのは自己欺瞞である―まず最初にぼくは、「感情や知性、(更に一般的には)魂が感受する無数の効果や印象の中から、今の場合はどれを選んだものだろうか」と自問する。
(エドガー・アラン・ポー『ポオ詩と詩論』)

あくまでも読者に与える「効果」。

それを実現するための文章の運びは、ポーと同じく江戸川乱歩も強く意識して書いているように感じられた。

「起承転結」でいうと、乱歩は「起承転」までがとてもスムーズだ。スムーズすぎるほどヌルヌルと運ぶ。この段階で読者が飽きてしまったりページをめくる手を止めるようなことはまずないだろう。その設定の奇怪さや、隠された謎(探偵小説でない場合も必ず「謎」がある)に対する好奇心が止まらない。技術的な意味での文章力も、いやらしくない程度に過不足なく発揮されている。

そして、「起承転」のなめらかな運びと対象的に、「結」が非常に短く鮮やかである。一編自体の長さも短いうえに「結」を余計に引き伸ばさないので、最後に強烈な印象が残る。この構成が素晴らしいので、特にフィクションを書く人は参考になるのではないかと思う。

構成美が特に発揮されているのは、個人的には明智小五郎シリーズよりも純粋な「怪奇」ものだと思っている。この『傑作選』でいえば「赤い部屋」が特によくできている。個人的に、『傑作選』のうちベストを選ぶならば「赤い部屋」である。


犯罪者の視点を描くミステリー

この『傑作選』に収録されているミステリーのうち「心理試験」「屋根裏の散歩者」は、犯人側の視点からスタートする。

ミステリーは、通常ならば犯人探しが楽しみのメインである。なのに犯人の視点から描いてしまうから、当然、読者は犯人探しができない。

ではなにが面白いのか。それは「完全犯罪を目論む犯人」の心理が覗き見れることと、その心理にひそむ「穴」が探偵に見破られる過程そのものである。

犯人探し型ミステリーの場合は、読者が犯人の心理をなぞることは(基本的に)できない。見つかった後に犯人の心理をくどくどと説明されると萎えてしまうから、そこはサラッと引き上げるのが常である。

しかし実は、犯人側の心理というのは非常に面白いものなのだ。そのことが乱歩を読むとよくわかる。いかにして犯罪を犯すに至ったか、その犯罪を隠すためにどのような思考を経て手段を選択したか、さらに、完全だと思われた犯罪が暴かれる瞬間にどのような感情の変化があるか。

私はミステリーにそこまで詳しくないので、他に同様のものがあるかもしれないけれど、一味違うというミステリーとして江戸川乱歩を読むのは楽しい。


最大の問題作「芋虫」

さて、この『傑作選』には乱歩のなかでも際立って特徴的な作品が収められているようだが、終盤に畳み掛けるように並ぶ「屋根裏の散歩者」「鏡地獄」「芋虫」を読むと、まさにクライマックスというかどんどん強烈さが増していった。

ラストを飾る「芋虫」は、グロテスクの極みとも言える一作だ。

「読んだ者は精神に異常をきたす」と評される夢野久作『ドグラ・マグラ』もかつて読んだことがあるけれど(まぁ、内容全然覚えてないけど)、

個人的には「芋虫」のほうがちょっと辛いなぁ……という感じ。

この作品を書ききる江戸川乱歩の精神がちょっと信じられないなと思ってしまう。ただ単にグロテスクなだけの小説は多々あるが(そしてそういった小説をあえて読む気にはならないが)、「芋虫」には、共感してしまうとどこまでも悩める類いの深さがある。

その深さに引きずられるのが怖く、私はあまり感情をのせて読むことができない。

可哀そうに、それを考えると、いまわしさ、みじめさ、悲しさが、しかし、どこかに幾分センシュアルな感情をまじえて、ゾッと彼女の背筋を襲うのであった。

もし、人間という形態の極限について少し考えてみたいという人がいて、なおかつ精神的にある程度“大丈夫”なのであれば、一度は読んでみてもよい作品と思います。

なお、この『傑作選』ののちに発売され、やや知名度の低い作品を集めた『名作選』という作品集もある。

個人的にはこちらの『名作選』のほうが好きだ。探偵小説の出来は『傑作選』のほうが良いと感じるが、乱歩におけるもう一つの主軸である怪奇・幻想小説は『名作選』のほうが読みやすいし、単にグロテスクなだけでなく世界観がしっかりできている印象だった。

私が最も好きなのは「押絵と旅する男」。他に「踊る一寸法師」「白昼夢」なんかも好きです。

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