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読書のエッセンスと、秘密の美術館

過去に読んだ本の「エッセンス」とでも呼ぶべきものが、頭に浮かぶことがある。本のタイトルを読み上げたときに、ただその情景だけが、あるいはその概念だけが、静止画のように浮かぶのだ。


例えば、フランクル『死と愛』を考えるとき、著者が唱えた「三つの価値」、その中でも「態度価値」が、強く浮かんでくる。それ以外の話はあまり思い出せない。しかし「態度価値」については事あるごとに考えを巡らす。

また例えば、志賀直哉『暗夜行路』で主人公が自身の子を失うシーンが、ガルシア=マルケス『エレンディラ』で思いっきり駆けていくエレンディラが、安部公房『砂の女』で装置を満足げに眺める男が、それぞれ浮かぶ。

私はとても記憶力の悪い人間であり、エピソードを事細かに記憶する能力がない。だから覚えているのは、読んだ本のうちとりわけ印象的だった部分のみになってしまう。

そんな個人的イメージを「エッセンス」などと勝手に呼ぶのはおこがましいかもしれないが、そうした静止画がバーンと脳内に浮かぶ感覚が、私は好きだ。

読書感想文ならぬ読書感想“画”を頭の中で描いているような感覚だ。


本を読んだ直後にはもやもやとたくさん浮かんでいる、ストーリーや著者の主張。直後の読書感想文(このnoteに書く)ではまだまとまらない。まとまらない中でもあれこれ考え、書き、それがしばらく経つとただのエッセンスになり、やがて「絵画」になる。

私は、本を物理的にコレクションするだけでなく、その絵画を頭の中にコレクションしているのかもしれない。決して誰とも共有できない秘密の絵画が、脳内にたくさんある。

そんな本棚とも美術館ともつかぬ秘密の部屋を、私は愛している。

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