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「真理はその美しさと単純さによって感知される」

■リチャード・P・ファインマン『物理法則はいかにして発見されたか』

推論の正しさは、帰結をすべてチェックするよりはるか以前にわかるものです。真理はその美しさと単純さによって感知される。仮説をたて、ちいさな計算を二つ三つして明らかに誤りということでないのを確かめると、もうそれだけで容易に正しさが知れるものです。
(P.264)


前回読んだ『ご冗談でしょう、ファインマンさん』はごくライトな話題を扱うものだった。しかしファインマンさんは「物理学を教える人」として、そのわかりやすく独創的な教え方も評判のようだから、彼の真髄に触れるべくこの一冊を手に取ってみた。

結果は──物理の初級を独学で学んだのみの私にとって(当時は「物理ⅠB」という範囲だったけど今はどうなのだろう)、物理学についての用語や公式など理解できない内容も多かった。素人向けではないので、当然だ。

技術的な内容はたしかにわからなかった。けれど、それでも、タイトルにある「物理法則はいかにして発見されたか」は感じることができた。

「物理法則の発見」について、いや物理のみならず数学も含めた自然科学の「発見」について、この本を読んでやっと全貌が理解できた気がする。

それは、僭越ながら例えを考えてみると、以下のように説明できるかもしれない。

・・・

「私」という一人の人間が寝そべっているとする(洋服はなんでもいいけれどとりあえず半袖のパジャマを着せておこう)。その「私」の左腕、剥き出しになった皮膚の上に、アリよりもミジンコよりも小さな「生物」がいるとする。

この小さな小さな「生物」は、ふと「ここはどこだろう?自分はどこにいるのだろう?」と考える。まず、見渡す限りの広大な大地(皮膚)と、僅かな毛、規則的な揺れ(呼吸)、時折穴から溢れる水(汗)等がこの世界を構成する全要素だと思うことだろう。これを一種の「法則」と考えるかもしれない

しかし、少しだけ遠出ができるようになった「生物」は、また別の要素(パジャマ)を発見する。さらに遠出すれば、大地の質感が変化する。水の量も違う。クレーターも増える。謎の大きな穴や盛り上がりもある。しかも、僅かにしか生えていないと思っていた毛が、向こう岸には大量に見える!──以前考えた「法則」が崩れてしまい、新しい「法則」が必要になる

「生物」の能力では、今のところ、心臓の上や鼻の周辺までたどり着くのが限界である。そこから先は、依然として、推測することしかできない

・・・

この例えの「生物」が人間であり、「私」が世界だ。

結局のところ、物理学も数学もこのような状況なのだ、ということを私はあらためて理解した。世界──宇宙も、その外側も、それ以前も、それ以後も──の真実すべてを知ることはほとんど不可能である。私たちは今の技術で得られる限りの法則を「正しい」と仮定して生きているにすぎない。ということを。

正しいという証明はけっしてできなかったのです。正しいと思っていたことでも、明日の実験でまちがいが証明されるかもしれない。確実に正しいと言い切れる日はこないのであって、確実にいえるのは、これこれの理論がまちがいだということだけです。
(P.242)

わかりやすい例ではニュートンの万有引力の法則とアインシュタインの相対性理論が挙げられると思う(本書でも登場した)。

ニュートンの法則は、ほとんどの状況について正しかった。だからその法則は正しいと思われていた(「私」の肌の表面の状況が正しい法則と信じられていたように)。

しかし、アインシュタインはより特殊な状況において、厳密にはニュートンの法則通りではないことを発見した(「私」の遠方まで旅すると、正しいと信じた法則が崩れてしまったように)。

そのような意味で、自然科学の「正しさ」は実は脆い。しかしその時点では「正しい」のである。「その時点での『正しさ』」を超えた正しさが存在しないとも言える。──こういうことを考え出すと頭がぐらぐらしてしまうけど(笑)、とりあえずは今、ここでの「正しさ」を(より広く確からしい真実を)追い求めるしかないのだ。

彼ら(物理学者)の果てない旅は、何のためだろうか?なぜ、地球のできた年代を正確に知ったり、宇宙の誕生やブラックホールを理解する必要があるのか?

それは、一言で言えば「好奇心」で片付けられてしまうのではないか、と私は思う。数学や物理学の本を読めば読むほどに、詳細な研究に必然性はあまりないことを──そして、人間の「好奇心」「探究心」の驚くべき深さを──思い知らされる。

私自身、自分の好奇心に振り回されていると言っても過言ではない。本を読む必然性がいったいどこにあるだろうか?生きるうえで「真理」を知る意味がどこにあるだろうか?

実際は、そんなもの、必要ではないのだ。ただ、知りたい。ただただ、まだ見えていないものを見たい。

その好奇心に、「業」にも似た罪深さを感じる瞬間がある。

本書の内容の中でも、量子力学の説明が特に面白かった。有名なスリット実験の解説をしているだけなのだけど、今まで読んだ中で一番しっくりきた。

「すべての分野において教師はこうあるべき」と思わせられる、とても良い講義だった。本当の意味での対象への理解と、愛と、親切がある。

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