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数学でモデル形成を鍛え、推論を育てる

■市川伸一『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』


私たちの毎日は、推論の積み重ねと言っても過言ではない。

「推論」という言葉は「不確実性を含むもの」という印象を与える。実際に「100%確実な推論」というものはほとんどないうえに、より「もっともらしい推論」にすら到達できていない不確実性の高い推論(=誤った推論)も存在する。

それは例えば「コイン投げで連続して5回表が出たから次はそろそろ裏だろう」というようなものである(これは統計学的に誤った推論だ)。

私たちは無意識のうちに「不確実な推論」を「確実だと思って」積み上げながら生きている。この本は、そのように「不確実な推論」を「確実だと思って」しまうというギャップの原因はどこにあるのかを、認知心理学の考え方に基づいて解説している。

(もっともらしく書いているが私は「認知心理学」というものがよくわからない。よくわからないけれど、新書なので誰でも問題なく読めるような内容です)

「『不確実な推論』を『確実だと思って』しまうというギャップの原因はどこにあるのか」

という問題を解説するために、まず論理学的な推論(と誤った推論)、次いで統計学的な推論(と誤った推論)が解説される。最後に純粋に心理学的な解説がまとめられている。

面白かったのが、私たちは認識のモデル(「スキーマ」と書かれていた)を脳内に形成することで物事を記憶し、外部刺激(情報入力)を受けた際にはその刺激に関連したモデルを引っ張り出す──というところ。そのモデルの形成の仕方が間違っている(甘い)場合は、のちに同様の刺激を受けた際に適切な対応ができなくなる。

日常生活においては「ハプニング」とそこから得られる「教訓」のようなものかもしれない。あるハプニングに対して自分の脳が形成する教訓は人それぞれである。間違った教訓を作り上げてしまうと、それは教訓としてうまく生かせないものだ。


この部分を読んでいてあらためて感じたのは、数学という学問の重要性だ。

数学は、数学嫌いの人々からしばしば攻撃される。その言い分は「実生活や実社会で役に立たない」というものが多い。でも私が思うに、数学はもっとも純粋に「適切なモデルの形成」を訓練できる場なのだ。

※正しい用語は「スキーマ」だと思うが、簡易的な説明のためによりわかりやすい「モデル」という語を使う。

数学におけるモデル形成の訓練というのは、

問題が出る
→使えそうな公式や過去問の経験(=モデル)を脳内から引っ張り出そうとする
→思いつかない場合は、数字を代入したりして地道に探す
→正解したら、適切なモデルが脳内に形成されていたことの確認となる
→不正解だったら、模範解答と自分が引っ張り出したモデルとのズレを理解する
→ズレを正確に理解することで、次回は同様の問題が解けるようになる

このような過程の永遠のループである。

これは日々の生活・仕事・人間関係において、私たちがより正確な「推論」を積み重ねていくための訓練なのではないか。

・与えられた状況に対して、いかに適切なモデルを探せるか
・探せなかった場合にどうすればよいか、自力で考えられるか
・間違えた場合に、失敗を反省してモデルのブラッシュアップに活かせるか
次回同じ状況に直面した際に、そのモデルを探し出せるか

もちろん数学に限らず他の教科でも多かれ少なかれ同様のプロセスはあるだろうけれど、少なくとも高校までの教育課程においては、数学がもっとも純粋に「モデル形成」を訓練できる場だろう(単に私が数学大好きなことを差し引いても)。


「別に学校で勉強しなくても、社会で直接学べばいいじゃん」と言われれば確かにその通りで、絶対に必須な勉強とまでは思わない。しかし個人的には、より純粋でより広範的な知識や技術であればあるほど応用が効くと思っている。

それは、私があまりに限定的なタイトルの本を読まないことの理由でもある。ノウハウ本やキャッチーな本は、たしかにその瞬間においては有効な知識になるかもしれないが、限定的な“場”を離れたときの応用可能性が低いと思う。

だから、数学という超超超抽象的な訓練の場は、その抽象度の過剰なまでの高さゆえに(だから「実生活で役に立たない」と言われてしまうのだが)、プロセスだけを純粋に取り出して応用可能性が高い思考を鍛えられるのだ。だからとても大事な学問だし、最終的に自分のためになる学問なのだ。

と思う(たぶん)。

なんだかあまり関係ない話になってしまったけれど(汗)、これまで数学の有効性をうまく説明できずにいたが「モデル形成の訓練」という説明にしっくりきている。

(この本で数学を取り上げて解説しているわけではないです。これは私が勝手に話を発展させてしまっただけです。)

ちなみに──こんな話を書いておいてアレですが、ベースは論理学と統計学なので、数学アレルギーの方が読むにはちょっとキツい本かもしれない。あと、全体の骨格が理解しづらいので読み終わっても「えーと、結局のところ認知心理学とは……」といまいち釈然としない感じが否めない。

私の印象としては「カタログ的」な本である。たくさんの情報を等価に並べている。

私はすでに論理学と統計学と心理学をそれぞれかじってしまっているせいか新しく得られた知識が少なく、何のための本かよくわからなくなってしまったが、入門的な知識を得る本と割り切ればよいのかもしれない。

(全体を読んで「認知心理学とは大体こういうものなのか、面白いな」という理解はできると思う。私の場合は明確に論理学や統計学との棲み分けまで理解したかったが、本書の構成上、それが少しわかりづらい。)

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