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【短編小説】地下室の秘密

 私の家には地下室がある。といっても、生まれてから中学3年生になる現在まで、1度も中に入ったことがなければ、中に何があるのかもわからない。いや、正確に言うと、遠い昔に入ったことはあったかもしれない。しかしあまりにも遠い過去のことすぎて、入ったことがあったとしても何も全く思い出せない。地下室を使っているのは大学で研究職をしている父親だけだ。私は父とあまり仲良くもないし、父が仕事で何の研究をしているのかも知らない。いつだったか生物学の何か、とやんわり聞いたことがあった気がするが、詳しい内容は一切教えてくれない。まぁ、特にこちらから聞いたりすることもないんだけど。
 地下室はいつも鍵が3つかけられている。そんなに中を見られたらまずいのだろうか。この家には父と母、それから私の3人で暮らしている。私は一人っ子だ。父は昔から仕事ばかりで、大学から帰ってこないか、帰ってきてもずっと地下室に篭りきりだ。母に聞いたところ、もともと仕事熱心だった父だが、私が生まれてからより一層仕事漬けの生活になったらしい。子供が生まれてからの方が普通、家族の時間を大切にするものじゃないかと疑問だけどまぁ仕方ない。
 父と対照的に母は昔から私にめいっぱいの愛情を注いでくれた。家も決して貧しくはないし、父が娘に干渉してこないというのはまぁラッキーなのかも、この歳になってそんな風に思うようにもなった。

 ある日の日曜日。地下室の方から物音が聞こえた。防音性の高い部屋ではないようなので、何かしらの物音が聞こえてくることは珍しくはないのだが、その日はなぜかその物音が耳に留まった。

「…り……べり、…」

え、もしかしてこれ、私の声?何を言っているかまでは詳しくわからないのだが、私の声のように聞こえた、いや、きっと間違いない。私はなんだか怖くなり、その場を離れた。
 その日以降も父はこれまでと何も変わらない様子だった。しかし一体、あの地下室の中で何をしているのだろう。私を撮影したビデオを流してる?もしかしてあの部屋には、父が私撮影した写真やテープをたくさん保管してあって、恥ずかしがってそれを隠してるとか…?そんな想像が浮かんなが、そんな訳はない。生まれてから父にカメラを向けられた経験なんて、一度もない。じゃあ一体なんなんだろう… 以前にまして、地下室の存在が気になるようになっていた。

 それからしばらく経ったある日だった。地下室の方からまた声が聞こえた。あの日よりもはっきりと何か喋っているようだった。

「7…3、こん…えいね…」

間違いない、私の声だ…。怖くなった私は急いで自分の部屋へ戻った。その日から私は父に目を合わせるのがなんだか怖くなった。父も私から目を逸らすようにしている気がする。

 それから数日が経った頃、突然父に声をかけられた。
「菜々、ちょっといいか?」
「え、…?」
父に話しかけられたのなんていつぶりだろう。そんなことを思っていると、父は意外なことを言った。
「地下室に来てくれ」
え、地下室に…?なんだか漠然とした不安感が私を襲った。でも、地下室に入れるなら、地下室になにがあるのかわかるなら、行かなきゃ。
私は父に連れられ地下室に入った。地下室の中は真っ暗だった。つぅん、とかび臭いような匂いを感じた瞬間、ガチャンと鍵をかけられた。そして地下室の灯りが点けられる。

 その瞬間、私は驚愕した。目の前にいたのは、私だった。制服姿をした、私にそっくりの、もう1人の私。呆気に取られている私に向かって父は冷静に続けた。
「落ち着いて聞いてくれ、ここにいるのはもう1人の菜々、まぁクローンみたいなものだ」
落ち着いて聞けなんて、ムリがありすぎる…。固まってしまった私に父は続けた。
「菜々、もうすぐ高校受験だろう?お前が公美高校に合格してくれないと、父さん困るんだ。職場でも立場がなくなってしまう。今の菜々じゃ、正直ちょっと厳しだろう?こっちの菜々はな、すごく勉強ができるんだ。だから受験が終わるまでしばらく、こっちの菜々と入れ替わってもらえるか?」
え…?
突然父は白衣の裏ポケットから注射針を取り出し、固まり続けている私に突き刺した。痛みはなかったが、刺された後、体が完全に硬直した。すると、”もう1人の私”は突然意識を持ったように立ち上がり、彼女が先ほどまで座っていた椅子に私は乗せられた。
「菜々が2人いるのが誰かに見られたらまずい、しばらく入れ替わってこの部屋の中で我慢してくれ。」
私の体は相変わらず動かない。父に連れられ、”もう1人の私”は地下室の出口に向かった。部屋を出る直前、最後にこちらを振り返って言った。
「やっと出られるのね。もう1人の私、それじゃ、よろしくね!」
その声、喋り方、仕草は全て本当に私そのものだった。
 そして最後に父がこう言った。「そこの本棚に参考書がある。地下室にいる間はそれを使ってくれ。こっちの菜々より優秀になったら、また交代だ」


 思い出した、やっぱり私はこの地下室に、過去に何度か入ったことがある。そして”もう1人の私”と顔を合わせている。なぜか記憶には残っていないが、私たちはきっとこれまで何度も入れ替わっているのだ。そしてこれからも、何度も、何度も…。


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