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【短編小説】貸切の遊園地

「お客様、おめでとうございます!お客様が当園通算1,000万人目の来場者になります!」
 入場ゲートをくぐると、クラッカーの音と共に周りの従業員全員が拍手をしてコチラを見ている。ここは都心の少し外れにある遊園地、「しらぬいランド」。小さな遊園地ではないが、出来てからだいぶ経ち、周りには他にも綺麗なレジャースポットも増え、客の数はそこまで多くない。きょうは平日だし、朝9時の開園からまもない時間ということもあって、俺以外に他の客はまだ誰もいないようだった。呆気に取られている俺に、綺麗な制服姿の女の従業員が続ける。
「1,000万人目のお客様を記念して、本日はお客様だけの貸切での営業とさせていただきます!」
 おいおい、勘弁してくれ。男1人でこんな広い遊園地を1日貸切だなんて、とても気が引ける。
カップルや家族連れならいい思い出になるかもしれないが、こんな30過ぎたおじさんが1人ぼっちなんて、辱めでしかない。そもそも、これから来る客の入場は全て断るということか?そんなのあまりにも気が引ける。
「あの、…」
「それでは1,000万人目の記念すべきお客様、今日は1日めいっぱい、しらぬいランドをお楽しみください!」
俺の声を遮り、従業員の女は満面の笑顔で言った。ん、それにしてもこの女、どこかで見たことがあるような…いつかSNSで見たモデルか何かだったかな?抜群に好みのタイプだったが、なんだかモヤモヤした。
 さてどうしたものか、閉園時間の夜8時までは、11時間もある。さすがにこんなことになってしまっては、すぐに帰るというわけにもいかないだろう。
 俺はとりあえず、しらぬいランドで1番大きなジェットコースターに乗った。なかなかの高さで、本格的なアトラクション。いつもは順番待ちでまあまあな行列になっているが、もちろん今日は待ち時間はない。絶叫系が好きな俺はせっかくだからと続けて2回乗った。1人きりの寂しさはやはりあったがやはりジェットコースターは気持ちがよかった。それからメリーゴーランド、ゴーカートなどひとしきり園内を楽しんだ。こんな男ひとりで1日まるまる貸切だなんて最初は申し訳ない気持ちでいたが、従業員はみんな本当に俺を記念の客として歓迎してくれているようだった。だからこそ後ろめたさは次第になくなり、もう体験することのないだろう貸切の遊園地を満喫していた。
 アトラクションを満喫していたら、昼食をとるのを忘れていた。もう2時過ぎか。フードコートで何か食べよう。こんな日でも、園内のフードコートは全店舗いつも通り営業していた。他に客は誰もいないのに、これは流石に申し訳ないな…
「おじさん、たこ焼きひとつ」
「あいよ!」
たこ焼き売り場のおじさんも、嫌な顔ひとつせず笑顔で接客してくれた。それどころか、俺が財布を取り出そうとすると、
「あ、お兄さん!今日はお代は結構だからね!記念のお客さんなんだから!」
え、今日は飲食もタダでいいのか?あまりの大盤振る舞いに少し戸惑いながらも、俺はお言葉に甘えることにした。その後に回った中華まん屋やクレープ屋でも、すべてお代はいらないと笑顔で対応してくれた。だんだんと調子に乗った俺は、気がついたら満腹になっていた。おっと、もうすぐ4時になる。気がつけば赤い夕陽は西に傾いてた。閉園の8時まではまだ少しあるけど、あまり長居しすぎるのも気が引けるし、そろそろ帰るか…。出口のゲートに到着し、近くにいた従業員に声をかけた。
「すみません、きょうはありがとうございました、いい記念になりました。
声をかけたのは、はじめに案内してくれた綺麗な女の従業員だった。
「お客さま、まだ乗っていないアトラクションがひとつありますよね?当園自慢の観覧車も、ぜひ乗って行ってください!」
女は満面の笑顔でそう言った。
「え、でも…」
俺の遠慮する素振りを無視して、
「いいですから、行きましょう!今の時間は夕陽がちょうどきれいに見えますよ!」
半ば強引に観覧車へ連れて行かれた。観覧車は乗るつもりじゃなかったんだけどな…こうなったら仕方ないか…。赤いゴンドラに乗せられ、
「それでは、行ってらっしゃい!」
怖いくらい笑顔を絶やさない女の声と共にバタンとドアが閉まり、観覧車は動き出した。観覧車にひとりで乗るのなんて、はじめてだな。そんなことを考えていた。
 ゴンドラが上がっていく。外の景色をぼんやりと眺めていた。ずいぶん陽が暮れてきたな…これを降りたら帰ろう、そんなことを考えていた時だった。何か違和感を感じた。
「ん?」
外の、いや地上の景色がなんだかおかしい。観覧車の高い位置からはこの遊園地全体が見渡せるのだが、下で働いている従業員全員がこちらを見ている。ざっと見て30人ほどだろうか。各アトラクションの誘導員、キッチンカーの店員。貸切で客は俺ひとりだから全員が観覧車に乗っているこちらを見ているというのもまぁあり得るかもしれないのだが、こちらを見ているというよりも睨んでいる?そんな気がした。すると次の瞬間、

ガタンッ!!

大きな音と共に、突然ゴンドラが止まった。ん、…。俺の頭の中に、5年前のあの日の出来事が鮮明に浮かんできた。



「コラ、颯太!勝手に言っちゃダメ!」
あれは当時付き合っていた麻美と、このしらぬいいランドに来ていた。正確には、麻美と、あさみの息子の颯太と3人で。麻美は一度離婚をしており、颯太は前の旦那との子供だった。その日は3人でひとしきりアトラクションを楽しみ、ちょうど陽が傾いてきた頃、最後に観覧車に乗ることにした。しかしその直前、麻美が具合が悪いと言い出した。
「ごめん、ちょっともう乗り物、乗れないかも…」
しかし当時まだ5歳だった颯太は泣いて騒ぎ出した。
「いやだ!観覧車乗る!!」
「ごめんあなた、私は待ってるから、颯太を観覧車に乗せてちょうだい」
麻美は言った。俺は麻美のそばにいたかったのだが、颯太があまりにも大声で泣いているので、仕方なく観覧車に連れていくことにした。
「ごめん麻美、少しだけ辛抱してくれ…」
「大丈夫、ありがとう…」
とっとと終わらせようと、俺は颯太を連れて観覧車に乗った。颯太ははしゃいでいるが、俺は麻美が心配で仕方なかった。早く一周し終えないか、そればかり考えていた。すると、ちょうどゴンドラが頂上に登ったときだろうか。

ガタン!

大きな音と共に、突然停止した。少しして、アナウンスが鳴る。
「お客様にお知らせです、ただいま、一部のゴンドラで扉が開いてしまう不具合が発生しました。ただいま対応しておりますので、お客様は動かず安全を確保するようお願い申し上げます」
なんだなんだ…、うん…?よく見ると、俺らの乗っているゴンドラの出入り口が少し開いていた。
「え⁈」
俺は激しく動揺したが、そんなことはよそに、颯太は全く怖気付くことなく開いた出入り口の方に寄って行った。
「危ない!」
一瞬慌てた俺だったが、ふと冷静になった。正直、俺にとって颯太の存在は邪魔だった。麻美と付き合い始めたのは2年ほど前だったが、その時から、自分の子供ではないうえに、わがままですぐ泣く颯太は厄介な存在だった。颯太のせいでデートが思うようにできないことも多く、コイツさえいなければ、そんな風に思うことも多かった。
「い…今がチャンスかも…」
俺はそんなことを思ってしまった。次の瞬間、気がついたら俺は颯太の背中を押し、ゴンドラから突き落としていた。震える手の感覚だけがはっきりとしている。

ドンッ!

微かに鈍い音が遠くで聞こえた気がした。
 5歳児の遊園地内での死亡事故。しばらくの間、しらぬいランドは連日ニュースで取り沙汰された。安全性の問題、客への注意喚起は徹底していたのか、など評判は大きく落ち込んだ。幸いにも、俺に疑いの目が向けられることはなかった。3ヶ月ほどの休園期間、重役の辞職などを経て、しらぬいランドは営業を再開した。当時は集客の回復にかなり苦戦していたようだったが、最近はみんな事故のことも忘れ、客足は戻ってきているようだった。俺はあれからしらぬいランドのこと、あの日のことは記憶から消すようにして生きてきた。事故のあと、颯太の死が原因で麻美ともすぐに別れてしまうことになり、俺はひとりぼんやりと毎日を過ごしてきた。しかしあれから5年が経ち、なぜかふと、しらないランドに行こうと思い立った。当然、あの日の記憶を完全に消し去ることはできない。この罪の意識は一生抱え込みながら生きていくことになるだろう。颯太と麻美への懺悔なのか、自分でもどういう気持ちなのかわからないが、5年ぶりにしらぬいランドに行くことにしたのだ。




ガタンッ!!

突然頂上で止まったゴンドラ。
「ん⁈」
俺は気付いた、ドアの扉が少しだけ開いている。いつか見た光景だ。5年間消し去ろうとしていた記憶が鮮明に頭の中で蘇る。すると突然アナウンスが鳴った。

「記念すべき1,000万人目のお客様!本日はご来園ありがとうございました!さぁ、お客様、このアトラクションの楽しみ方はご存知ですよね?」

あの日の記憶が蘇るとともに、この女の声がどこか聞き覚えのあるものだと気付いた。

まさか⁈

下を見ると、あの従業員の女が物凄い形相でコチラを睨みつけていた。あ、あの女…、俺が5年間記憶から消し去ろうとし続けていた女だ。

あ…麻美…。

麻美のアナウンスは繰り返された。


「お客様、このアトラクションの楽しみ方は、ご存知ですよね?」

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