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僕が生まれて間もない頃に両親は離婚した。
月に1回のペースで会う機会が設けられた。
大抵は日比谷公園でぎこちない散歩をして、近場のイタリア料理店で味のしないマルゲリータピザを切り分けて頬張り、空虚と不快感を煮詰めたようなたわいない談笑をして、誕生月には父厳選の海外文学を貰った。途中、難しすぎて読めないということで図書カードに変更された。

当時の自分にとっては苦痛の時間だった。待ち合わせ場所までは母親が着いてきてくれるのだが、それから先は僕と父親が2人きりにさせられたからだ。両親間の仲が悪いのだから当然といえばそう。しかしながら、この人があなたのお父さんだよ。と突きつけられたよくわからない大人の男と公園を歩いても特に話題があるわけでもなくどうすればいいのかわからず困り果ててしまった。父親もそれほど多弁な人間ではなく互いに気まずさを共有していた。必死の作り笑顔を浮かべてなんとかやり過ごしていた。そして一通り散策を終えると母親が合流して3人で昼食を食べに行くというのが当時のお決まりのパターンだった。

そのような義務的に用意された面会も感染症が流行して終わりを迎える。本当に嬉しかった。
毎年4月になると手紙とともに紙幣か図書カードが送られてきた。そして少女漫画を買った。
今となっては父親の顔も名前も思い出せない。
封筒を引っぱりだせば名前くらいは分かるはずだが、できるだけ記憶は過去に留めておきたかった。

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