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社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方 〜前編〜

パーパスやSDGsなど、企業の社会的意義が問われる時代になりました。そのような時代において、企業は何を考え、どのようにプロダクト開発をしていけばいいのか。2021年8月に行われた日経BP社主催「金融戦略デジタル会議」に登壇したタイガースパイク日本代表の根岸の講演内容を、noteで再現しました。


01. 社会的価値が求められる世界

本日は、「社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方」というテーマで講演させていただきます。

 ここ数年、パーパス経営という言葉がよく聞かれるようになってきました。ハーバード・ビジネス・レビューでも、2019年3月号は表紙から「PURPOSE」と謳い、パーパス経営の特集を組みました。日本でも今、日本資本主義の父と呼ばれる「渋沢栄一」を例に出しながら「そもそも事業(ビジネス)は何のために存在するのか?」を問いかけるシーンが増えてきました。

 今日はその観点から「デジタルプロダクト」の作り方を考えてみたいと思います。まずはそもそもなぜ「社会的価値」が求められる世界になってきたのか、そしてそれはどのような世界なのかを見ていきたいと思います。

08262021_[For the live presentation] 社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方

この図は俗に言う「UX(ユーザー体験)ピラミッド」と呼ばれるもので、以前より存在しています。僕(登壇者である「根岸」のこと。以下同じ)はタイガースパイクの日本での活動を始めた2014年に、最初に採用したインド人のUXデザイナーに、「え、何、そんなことも知らないの?」って感じで教えてもらいました。

 その時見せてもらったUXピラミッドの一番上は「心地よさ(Pleasurable)」で、今表示している図の一番上にある「意義(meaningful)」は含まれていませんでした。恐らく今日のテーマのような時代背景を加味して後から加えられたのではないかと思います。

 そして改めてこの図を見ると、時代ごとの競争のレイヤーとして捉えることができるということに気付きました。もう少し具体的に言うと、時代を経て、競争の次元が、徐々に上に上がってきているように見えます。

 すなわち、1980年代はまさにJapan as No.1と呼ばれた時代で、日本のものづくりが機能・性能ともに世界を制覇していました。

 1990年代後半以降、競争のレイヤーは徐々に上に上がっていった(スティーブ・ジョブズが「テクノロジーではなくCX(顧客体験)から考え始めるべし」というメッセージを出したのは1997年)のですが、日本企業は「機能・性能」に執着していたがゆえに、徐々に後塵を拝すようになってきたと思っています。

08262021_[For the live presentation] 社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方 (2)

では、最上位にある「意義(meaningful)」とは何か?これは「(ユーザーが)個人的にも社会的にも重要な価値を感じられる」ことを指します。

 ユーザーが「意義(meaningful)」を感じるためには、当然、企業側にはそこを深く考え抜いた上での自分たちや提供サービスの存在意義、すなわち「パーパス」を持っていることが前提になります。

 日本企業はもともと非常に強いパーパスを持って生まれてきていると僕は思っているのですが、高度経済成長期からその後の失われた30年の中で競争に揉まれ、いつの間にか、最上位がパーパスから「競争戦略」に置き換わってしまったように思います。

 それは別に日本特有のものではなく、米国では以前より「株主至上主義」を掲げ、株主に還元するためにいかに株価を上げるか、そのためにはいかに利益を上げるか、を最上位指標としてきました。

 しかし、その米国で、流れが大きく変わり始めました。

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これは2019年の記事ですが、アップル、アマゾン、ウォルマートなど、米国の名だたる主要企業が加入する「ビジネス・ラウンドテーブル」が、「株主資本主義」を批判し、利益とともにパーパスの実現も目指すことを宣言したのです。米国に右に倣えの日本にも、今、その流れが入ってきているように思います。

 次に、パーパスの具体的なイメージを持つためにいくつか例を見ていきます。

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ユニリーバは2010年に「サステナビリティを暮らしの”あたりまえ”に」というパーパスを掲げ、サーキュラー・エコノミーに向けた活動を、すでに10年という年月をかけて実施してきています。今このパーパスを見ても違和感を感じる人はいないと思いますが、10年前はまだ株主至上主義全盛時代、このパーパスを冷ややかな目で見る人も多かったと思います。しかしこの10年の年月をかけて宣言し実現してきたことは、同社をサステナビリティのリーダー企業に押し上げています。


08262021_[For the live presentation] 社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方 (5)

またナイキは、「スポーツを通じて世界を結束させる」というパーパスを掲げ、その一環で2018年のプロモーションに元NFLの49rsのスター選手、コリン・キャパニックを起用しました。

08262021_[For the live presentation] 社会的価値が求められる世界におけるデジタルプロダクトの作り方 (6)

2020年に警察官による黒人男性の殺害を機に米国で一大ムーブメントを起こしたブラックライブズマター(BLM)や今夏の東京オリンピックでも各国の代表が用いた片膝をつくポーズは、もともとはこのキャパニックが2016年に黒人差別への抗議として国歌斉唱を拒絶した際に実施したものです。その後キャパニックは実質的にNFLを追われ、今日時点ではまだどのチームにも所属していません。

 ナイキのこのキャンペーンを当時のトランプ大統領が批判、そこから不買運動にまで発展し、同社の株価は一時3%程度下落しました。しかしナイキはこのキャンペーンを続けました。そしてこの本質をついたメッセージはその後徐々に共感を呼び、最終的にはオンラインセールスが30%上昇、株価も史上最高値を更新しました。

 このようにパーパスは、企業が何のために存在するのかを示し、それ自体が顧客の「意義(meaningful)」と共鳴することで、顧客体験に寄与しています。

 ではなぜ今、パーパスが力を持つようになってきたのでしょう。僕はさきの米国のビジネス・ラウンドテーブルの宣言はそのきっかけではなく、より大きなトレンドの一環として起こった一つの事象だと思っています。では、そのトレンドとは何か?

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それは上記のような形で表せるのではないかと思っています。シンプルに言うと、人々の意識が変わってきた。ここでいう人々は、買い手の際は「顧客」であり、働く際は「従業員」、そして投資する際は「株主」です。ではなぜ人々の意識が変わってきたのか?理由は様々あるかと思いますが、僕は主に以下の4つだと思っています。

・価値観の多様化
・気候変動・差別・貧困等に対する自分ごと化の加速
・機能・性能・体験のコモディティ化
・企業への所属意識の低下( ← コロナによる加速)

 今日は詳細は割愛しますが、僕はこれらの変化の中心には、インターネットの存在があると思っています。インターネットの進化・深化が価値観の多様化、社会課題に対する自分ごと化の加速を招き、そこに自然災害やニューノーマルが加わることで、「自分の大切な価値観のために購買し、自分の大切な価値観のために働く」という機運が急速に高まったと思っています。

 そこにブースターとしてのESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資のこと。ESGはEnvironment, Social, Governanceの略)が加わり、大きなうねりを作っている、これが僕の見立てです。

 このうねりは不可逆なもの(今更インターネットはなくならない)だと思うので、これからの世界では人々に共鳴されるパーパスを持たない企業は厳しい立場になっていくと思っています。

 ちなみに少し余談ですが、最近日本で日に日に認知度が高まってきているSDGsとパーパスの関係はどのように理解しておけばよいのか、についても触れておきます。

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パーパスは会社の存在意義です。存在意義は当たり前の話ですが極めて内発的なものであり、外部から与えられるものではありません。だから、シンプルに言うと、企業の外部に存在しているSDGsとパーパスとは、本来「無関係」になります。

 ただ、SDGsは非常に網羅性の高い概念なので、企業が何か社会的な価値を提供する存在としてのパーパスを持ったとすると、SDGsの17の目標のいずれかに該当する可能性が高い、と言えます。

 たとえば先ほど紹介したナイキのパーパスである「スポーツを通じて世界を結束させる」は、結果としてSDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」に貢献することになります。

 この「結果として」が大事で、SDGsが出発点にはならないということは、強く認識する必要があると思います。特に日本は、日本を代表する心理学者の故河合隼雄先生が「中空構造」と呼んだように「真ん中に何もない」が自然体だったりするので、ともすると無自覚にSDGsを真ん中に取り込んで取り組みを進める企業がどんどん出てきてしまうのではないかと僕は危惧しています。それでもSDGsの取り組みは進みますが、外発的・表層的な、エネルギーのない取り組みになってしまう気がしています。


 ここまで、そもそもなぜ「社会的価値」が求められる世界になってきたのか、そしてそれはどのような世界なのかを見てきました。

次回は、そのような世界において、デジタルプロダクトはどのように作っていけばいいのかについて、僕たちタイガースパイクのやり方をご紹介していきたいと思います。


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