君が恋をしたなら vol.28「結論」
そんなこんなで一月が過ぎ、二月になろうとしていた。
そんなとき、それは起こった。
『えっ、異動?』
『うん、まだ内示なんだけどね。』
異動の内容は、ユウタが東京事務所に出向しないか?というもの。
『断るんだよね?』
『まだわかんねー。二週間くらいの間に決めてくれって話で』
『まさか、行く気?』
『どうしよっかなぁと思ってる』
『やだやだ、行かないでよ!』
『でも行ったらあとは出世コースなんだよ』
『やだやだ。』
私は聞く耳を失った。
ユウタが東京なんて。
ユウタと離れて暮らすなんて。
できっこない。
『出世すれば、思う部署にもつけるし、給料だって少ないけどあがる。そしたらお前も楽になるだろ?』
『いやだ、離れたくない』
『お前には俺の気持ちがわからねーの?』
『わかるわけないじゃない、バカ!もう知らない、勝手にすれば?!』
『俺は将来のために…!!』
もう聞きたくなかった。
私はアパートを飛び出した。
車のエンジンをかける。
ユウタは追ってこない。
『なんで…。なんで追いかけても来てくれないの?』
涙が溢れた。
そのまま車を出すと走り始めた。
涙で曇っていまいち前が見えない。
徐々に涙の量が増えてゆき、私は車を路肩に停めた。
涙はあとからあとからとめどなく溢れてきて、嗚咽しながら、私は泣いた。
ユウタは私がいなくても平気なの…?
私だけがユウタなしでは生きれないの…?
同じ気持ちだと思ってたのに、どうして…!!
泣き疲れて頭がガンガンし始めた頃、私は再度出発した。
これだけ時間が経っているのに、メール一つすらこない。
私は見捨てられたんだ…。
最近ではあまり出なくなったネガティブ思考に捕らわれていく。
そもそも、ユウタがはっきり付き合おうと言って始まった恋じゃなかった。
私が無理やりノルマを達成したからと言って付き合おうってことになったんだ。
最初から同じ気持ちなんかじゃなかったんだ。
一緒にいて楽しいと感じていたのは私だけ?
今まで無理させてたんだ。
あのときの笑顔も、あのとき一緒に笑ったことも、全部嘘だったんだ。
水族館だって楽しくなかったのかもしれない。
運転も任せきりだったし、あぁ、どうしよう。
こうして私は『かもしれない』にまた悩まされることになった。
時々なるこの『かもしれない』で、何度も破局してきた私は、この症状が出るときは末期だと思っていた。
とうとうユウタとの恋が終わっちゃう…。
仕事に行っても身が入らず、電話のメモをとることさえ忘れてしまう始末。
書類の期限に間に合わず、係長から激怒される。
さすがの先輩が、心配してご飯に誘ってくれた。
『最近調子よかったのに、どうしちゃったの?』
『はい、実は…。』
ことの顛末を話す。
『それは難しい話ね…。遠距離に自信がない?』
『はい、正直にいって、無理だと思います…。』
『彼氏ともう一度冷静に話し合うことが大事ね』
はい…。それしか返事できなかった。
先輩に聞いてもらったけれど気持ちは晴れず…。
またしても『かもしれない』が私を襲ってくる。
ユウタはもう、私と別れたいかもしれない。
私のことの、嫌いになったかもしれない。
私はふみに電話をかけた。
『…それで、あんたは行って欲しくない、ってわけね』
『うん…。別れるかもしれない…。』
『またかもしれないって言う!あんたの悪い癖だよ!』
『そうかもしれない…。』
『だいたい、話をちょっと聞いたところで、詳しくは聞いてないんでしょ?まずは話をきちんと聞くこと。それからの話だね。』
『でも、連絡も全くなくて、今までこんなことはなかったから…。』
『そんなもん、こっちから連絡すればいいことでしょ?』
『でも、怖くて…。』
『そんなら私も知らんわ。勝手に悩んどくといい』
そう言ってふみは電話を切った。
私は少し冷静に考えてみる。
私だって、側にいたい。
でも、出向を断ってユウタが辛い思いをするのは見たくない。
考えてみると、たかだか東京じゃないか。海外に行く訳じゃない。
会おうと思えば会えない距離でもない。
もしかして、私はとんでもなくわがままなことを言ってるのかもしれない…。
答えがでないまま近づいてくるバレンタイン。
確か二週間で答えを出さなきゃと言っていた。
期限はバレンタイン…。
なんという運命のいたずらだろうか。
この日にカップルが生まれたりするという日に、私たちは別れようとしている。
そしてやってきたバレンタイン。
一応チョコの用意はした。
あれから二週間経っているから、連絡するのが怖い。
携帯を持つ手が震える。
三回コールが鳴ってユウタが出る。
『もしもし?』
いつものユウタだ。
『今日…会えないかな』
『…いいよ。少し残業になってもいいなら、待ってて』
優しく答えるユウタに少し安心した。
仕事が終わると、そのままユウタの職場へ向かった。
駐車場に車を停めて、ゆっくりと待つことにした。
忙しそうに家路につく人たちを横目に、私は今日いうべきことを予習した。何度も何度も予習した。自分にいい聞かせるように。
八時を過ぎた頃、
♪明日今日より素直にな〜れる〜♪
『どこにいるの?』
『職場の駐車場、裏手のほう』
もうすぐユウタがやって来る。
ユウタと会ってから、こんなに連絡をしないことは今までになかった。
私はチョコの箱をぎゅっと握った。
コンコン。
窓がたたかれる。
ユウタだ。
二週間会っていないだけで、これだけ懐かしく感じてしまうのだ。
今から言うべきセリフを頭に叩き込む。
『これ…。バレンタインの…。』
『お、ありがとう』
車内に沈黙が流れる。
『話って、あのことだろ?』
先に沈黙を破ったのはユウタだった。
『そのことだったら、俺も話がある。』
『じゃあ、私から言うね』
一呼吸開けてから、私は言った。
『出向、いっといでよ』
ユウタは黙っている。
『私は弱いから、待つことはできないかもしれない。でも、できるだけ待つから。』
ユウタが、くっ、と笑う。
『待つことなんてねーよ』
『え?』
『待たなくていい』
それってどういうこと?やっぱり別れるってこと?
そんなことを考えて頭がぐるぐるしていると、目の前に、すっと箱が差し出された。
『待たなくていい。一緒にきてくれ。』
箱の中には、きらきら輝く、指輪が入っていた。
『俺だって、お前がいないとなんにもできないんだよ。』
一言ずつ、真剣に言うユウタ。
私の頬を一筋の涙がひかった。
『うん』
二人は抱き合った。
抱き締めあって、キスをした。
三回目の、初めてのキスだった。
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