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16年一緒にいた飼い犬のこと

先日、うちで飼っていた犬が亡くなった。
16才だった。
白くてふわふわの毛並みが特徴のメスのマルチーズ。名前はバニラ。
妹と母親が飼おうと言い出したからどっちかがつけたんだと思う。
どうして犬は見た目の特徴をそのまま名前にされてしまうんだろう。似合うからいいのか。


バニラがうちに来たのは生後3ヶ月で俺が12才の頃。
当時は本当にやんちゃで「こんな狭い家で暮らすのはごめんだ」と言わんばかりにうちの中を駆け回ってた。
それでも段々とトイレの場所も覚えて母親にも懐いて、ゆっくり家族に馴染んでいった。



それから日々の散歩に加えて、ドッグランや犬が入れるカフェ、旅行にも一緒に行った。

芝生が広がる公園にバニラを放すとその可愛らしい見た目からは想像もつかないスピードで走り出す。
俺が全力疾走しても追いつけないほどだった。

太陽の下で気持ちよさそうに走るその姿が今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。

俺にはあんまり懐いてないみたいだったけど、おやつを持ってると分かった途端F1みたいな勢いでやってきて高速でしっぽを振ったり、真冬の朝に寒くて布団に潜り込んで来たり、感情が見えるような瞬間があると本当に愛おしくなった。



でもそんなバニラも年老いていくにつれて、あまり吠えなくなって、食べる量が減って、足腰が弱って、走らなくなった。

ある時バニラの胸に手を当ててみると、破裂しそうなほど大きい鼓動が不規則に鳴り響いていた。
心臓が悲鳴をあげてるみたいだった。
マルチーズは心臓病にかかりやすい犬種らしいけどいざそれを目の当たりにするとなかなか受け入れがたかった。


それから過剰なほどにバニラの最期を意識しながら日々を過ごした。
そうでもしないとその瞬間を乗り越えられる気がしなかった。



最後の日、バニラは朝から高い声で小さく鳴いていて体調が悪そうだった。
「そろそろかもな」とうっすら思いながら胸の中で抱いた。
どんなに痩せ細ってもそのふわふわな毛並みは16年ずっと変わらず気持ちいい。

その日バニラは昼過ぎから夜まで寝続けた。
ここ1、2ヶ月毎日かなりの睡眠時間だったからそれには特に気を留める事なく過ごしていた。

日付が変わって午前1時頃。
違う階にいる俺のもとに母親がやってきて、「バニラの心臓止まってるみたい」と諦めたように言った。
急いで確認しに行くとあれだけ激しく動いていた心臓は静かになって、バニラの残った体温だけを感じた。
寝たまま逝ってしまったらしい。

おそらく苦しい時間は長くはなかったろうからそれだけは救いだったけど、最後の瞬間にはそばにいたかったと思う。
もう少し猶予があると勝手に思い込んでた。
少しだけ後悔している。


2日後に専門の業者に依頼して火葬してもらった。

骨になったバニラを見てそこで初めてバニラの死を実感したかもしれない。

それから家族と骨を1本ずつ拾って骨壺に収めた。


せめて亡くなる前にあと1回抱きたかったなと思ったけど、きっと何回抱いたとしても同じ事を思ってたと思う。

結局どんなに準備をして濃い時間を過ごしても、その時が来たらやっぱりあと1回と後悔に近いような想いを抱いてしまう。

ペットだって人だってなんだってそうだ。


これからバニラのいない人生になる。
嫌だなあ。忘れたくないなあ。
バニラの声、匂い、抱いた時の感覚。
でも人間は忘れていく生き物だからきっとバニラのいない人生が当たり前になっていく。
今はそれが一番怖い。

今思えば死ぬまで残る傷を1つくらい付けてくれてもよかったのに。

俺の寿命を分けてあげられたらいいのに。ちょうど20年くらいいらないし。


またいつか芝生の上を元気に走り回るバニラの姿を見れないかな。
同じ場所に行ったら見れるか。
きっと足腰も元の状態に戻ってるだろうし。

だからその時まで暖かい陽の光に当たりながら雲の上でゆっくり休んでいてほしい。

でもその頃にはどうせ俺の事なんか忘れてるだろうから、とびっきりに美味しいおやつを持って行ってやる。


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