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しがない男のR-1グランプリ挑戦の記録

年明けと新型コロナウィルスの蔓延により世間が慌ただしくなる中、僕は今までの人生で1番大きな挑戦をしてきた。

ひとり芸日本一決定戦R-1グランプリへの出場だ。
キングオブコント、M-1グランプリに並ぶピン芸人にとって1番大きく、権威ある賞レースだ。
僕はそのR-1グランプリの1回戦の舞台にアマチュアとして立ってきた。

去年の12月、今回も大会が開催される旨が耳に入った。
7月にキングオブコント2020の1回戦に出場し、お笑いの舞台を経験していたこともあってか不安を押しのけエントリーする決意を固めた。
自分の性格を考えたらよくエントリーできたと思う。
エントリーする勇気が出るか出ないか、それがR-1に挑戦したいと思う人間がまず1番最初にぶつかる壁だ。



ただ、エントリーしただけではまだスタート地点にすら立てていない。
当然、披露するネタを1から作らなければならない。
ひとり芸と一言で言っても漫談、コント、歌ネタなど幅広く選択肢はあるが、僕はフリップ芸を選んだ。
しゃべりの技術や経験が物を言う漫談や、演技力が必要なコントより、何かを演じる必要がなく事前に用意した道具で笑いを取れるフリップ芸なら素人っぽさを1番誤魔化せると思ったから。


ただフリップ芸はキャラや演技でカバーできない分、内容自体が本当に面白くなければ笑いは取れない。
たった2分の台本を考えるだけで何時間もかかった。
台本ができたら次は肝心のフリップを作らなければならない。
ネットのいくつものページを駆け巡って自分のネタに適切な大きさの画用紙、文字の貼り方、フリップを立てる適切な台を選び、フリップ作成に移った。

このフリップ作成が思った以上に時間がかかる。
適切な文字の大きさを選び、印刷し、綺麗にカッターで切り分け、貼る位置を決め、両面テープを貼り、曲がらず空気が入らないように画用紙に貼り付ける。
1つのフリップを作るのにこれだけの作業があるのだからそりゃ時間がかかるはずだ。

カッター、ハサミ、定規、画用紙を机に広げて黙々と作業を続けた。
文化祭の準備をする学生時代に戻った気分だった。


フリップを作り終えてようやくネタの練習に取り掛かることができる。
作り終えた時点で既に希望の日程まで2、3週間しかなかった気がする。
それからは練習をしては修正の繰り返し。
面白い部分をなるべく削らず、ネタの説明をしっかり伝えて、早すぎず遅すぎないテンポで2分10秒くらいで終わる、全ての要素がバランスよく噛み合うベストな状態に仕上げるのが本当に投げ出したいくらい難しかった。

そして恐ろしいのが、自分が作ったものだから客観視しにくいのもあって自分がやっていることは本当に面白いのかわからなくなることだ。
だからある程度お笑いに見慣れた友人に動画を送ってアドバイスをもらって、ネタを固めていった。
もし誰にも相談していなかったら今よりもっと見にくい仕上がりになっていたと思う。

それから本番の日まで細かい調整をしながらネタの精度を上げていった。

本番の2日前、外出ついでに1回戦の下見に行ってきた。
渋谷のシダックスカルチャーホール。座席数はそれほど多くないが天井が高く、かなり開放感のあるホールだった。
観客が少ない上に空気が重く、やりにくい状況の中しっかり笑いを取る人もいれば、その一方で慣れない舞台に飲まれ、ネタを飛ばしてしまう人もいる。
ひとり芸である以上、その状況をどうにかできるのは自分しかいない。
広々としたホールに沈黙がこだまして空気が張り詰める。
きっと舞台に立ってる本人にとっては信じられないほど長い時間に感じられるだろう。
その日は一発勝負の恐ろしさを目の当たりにしながらも、自分が目の前に立っている姿を何度もイメージした。

あっという間に訪れた本番当日、僕の出番は1番最後のブロックだったから昼までたっぷり眠った。
軽く昼食を摂り、最終確認を数時間して家を出ようと考えた。
しかし昼食を戻してしまうくらい緊張していて、ウケるウケないの前にまずしっかりネタをやれるかやれないかの段階だということがわかった。
肥大化する不安をなんとか誤魔化しつつ早めに会場に向かった。

電車で向かってる途中、M-1グランプリとCreepy Nutsのスペシャルムービーを何度もリピート再生して自分を奮い立たせた。
たった3分の映像に影響されてしまう自分は子どもみたいにバカで単純だなと思うけど、やっぱり賞レースに挑む芸人はかっこいい。
この手の映像にどれほどの人間があの真剣勝負の舞台までいざなわれたのだろうか。



会場に着き検温を済ませ、名前や連絡先を記入して自分のネタの音声を繰り返し聞いて待機する。
このコロナ禍の中大会を開催してくれた運営に感謝しなければならない。

集合時間になったら再度受付に行き、借りる道具やネタの始まり方を伝え、出演順を告げられる。
緊急事態宣言の影響か、だいぶ巻いているようだった。


待機スペースのような所に同じブロックの出演者の方たちが来た順にネタの準備をしていく。
その場で小さな声で練習を始める人、全身タイツに着替える人、ホワイトボードくらい大きなフリップを抱えてやって来る人。

一般的に見たら異様な光景だが、それに冷ややかな視線を向けたり、嘲笑するような顔を向ける人間はその場には1人もいない。
それぞれが自分のネタに集中して、他人の生き様そのものを認め合ってるような気がして妙な居心地の良さを感じた。

胸にエントリーシールを貼り付け、一定の間隔で舞台裏に並ぶ。
1人ネタが終わる毎に前に進んでいく、それに比例して鼓動も大きくなっていく。

並んでいる最中、1つ後ろのプロとして活動している方から「どこの事務所なんですか?」と声を掛けられた。
「アマチュアです」と答えるとアマチュアで出るなんてすごいですね、という優しい言葉をもらった。

僕が一方的に知ってる人はいてもお互いに知っている人はいなかったから声を掛けてもらえるというのは嬉しいものだ。
でも僕なんかより本業として何年も舞台に立ち続けてる人の方がずっとすごい。


ちょうど舞台の裏くらいに来るとネタをやってる方の声がよく聞こえてくる。
会場に響く芸人の声、時々聞こえるお客さんの笑い声、早くなる鼓動、その1つ1つが圧力となって身体にのしかかってくる。
自分が何に集中したらいいのか分からなくなってるうちに1つ前の方のネタが始まった。
舞台転換をしてくれるスタッフの方にフリップを置くための机の設置位置を伝え、舞台を黙って見つめる。
前の方のネタが終わりに近付くにつれどんどん飲み込まれそうになる。
あっという間にその方のネタが終わり転換の音楽が流れる。
遂に、待望していたけど来てほしくなかった自分の出番だ。
もし失敗なんかしたらこの2分間のために費やした時間とお金は全て水の泡だ。
プレッシャーが最高潮に達する中、1歩前に立っていた転換のスタッフの方が僕の方を見て小さい声だけど力強く「行きますよ」と言って舞台に向かって行った。
きっとどの出演者にも言ってる業務的な言葉だったんだろうけど、その一言が僕の目の前に立ち込める不安と緊張を切り裂いて舞台上まで引っ張ってくれた気がした。


もう舞台に出たら自分のネタに集中するのみだ。
前に詰めて座る観客、自分だけに集まる視線、ひとりで浴びる舞台照明、フリップと机を整え左手を上げて音楽を止め、ネタに入る。僕ひとりだけの2分間。

冒頭の説明を終わらせて、最初のボケのフリップを見せる。
少し反応が返ってきた。
お客さんが僕のネタをしっかり見てくれている証拠だ。
それから震える指でなんとかフリップを丁寧に捲っては机に重ねていく。お客さんの顔やホールに響く自分の声に意識を注いだらもう戻ってこれなくなる気がした。
本当は台詞を言うんじゃなくてその台詞を初めて言ったかのように感情を乗せるのがベストだ。でも僕にはそこまでの舞台経験はない。とにかく冷静に。練習通り。
一箇所息継ぎが上手くいかなくて一瞬つっかえた所があったが、幸い支障が大きく出るポイントじゃなかった。ここで焦らなかったのはネタを身体に染み込ませたお陰だ。
オチ手前の1番自信のあるフリップを見せると2分間の中で1番大きな笑い声が聞こえた。
ネタをやるのに必死で客席なんてはっきり見えなかったけど、笑い声だけはしっかりと僕の耳に届いた。
大事に育てた種からやっと小さな芽が出たような、味わったことのない感動だった。
ほんの少しの間聞こえたその笑い声だけで、1人で部屋にこもって頭を悩ませていたあの時間も、朝方までフリップを作っていたあの時間も全て報われた気がする。
オチを言って頭を下げると、人生で1番の拍手を浴びた。
お客さんの数は実際30人にも満たなかったと思うし、単純な拍手の大きさで言ったら学生時代にクラスメイトの前でスピーチした時の方が大きかったかもしれない。
それでも今回の拍手の方が僕の耳には大きく届いた。
僕が都合よく捉えてるだけだが、この舞台に立つことに決めた自分の意志、1から自分でネタを作ったこと、そしてこの2分間の舞台、その全てに拍手をもらえた気がした。
やらされたスピーチでもらった形だけの拍手なんかより自分の中でずっとずっと価値があった。



舞台裏に戻ると、自分を苦しめていた呪いが解けていくように段々と身体が軽くなっていくのを感じた。
ネタの出来としては完璧ではなかった。1つつっかえた箇所があったし、緊張でテンポもだいぶ早まっていたと思う。
それでも、爆笑とは言えなくてもお客さんの数を考えると確実に笑いは起こった方だった。
多少補正がかかってるかもしれないけど。

本番前に舞台慣れしておきたいと思い1度だけフリーライブに出演させて頂いてネタを試していたけど、その時は"お客さん2人で他は出演する方が少し見てるだけ"という条件を加味してもあまり反応はなかった。
それもありウケないと思っていた分、達成感が大きかった。

最後、荷物を持って転換を担当していたスタッフの方に「ありがとうございました」と言って舞台裏を後にする。



2人友人が見に来てくれていたらしいので公演が終わるまでビルの下で待つ。
会ってすぐに「面白かった」と言ってもらえたのが本当に嬉しかった。
「面白かった」がやっぱり数ある褒め言葉の中で1番だなと思う。

お菓子の差し入れまでもらって、自分なんかにも応援してくれる人がいたんだと実感した。

わざわざ足を運んで来てくれた人の前でミスしなくてよかったという気持ちや、舞台で初めてウケて嬉しい気持ちや、落ちてるかもしれないという不安な気持ちなど色んな感情を抱えていたと思う。
それでも友人にとっても、僕にとっても多分予想以上の結果だったから気分は晴れやかだった。

数時間前1人で引きつった顔で歩いて来た道を3人で明るく笑いながら帰った。

友人と別れ電車に乗り込む。
電車は始発くらいガラガラだった。
携帯を開きSNSに寄せられた激励の言葉に返信をしていると早くも1、2時間前に受けた1回戦の結果が出た。
僕は即座にそのページを開き合格者を確認した。
合格者の名前を上から順番に読んでいく。
自分の名前は、なかった。

すごく短い夢から覚めた気分だった。
こんなに早く見なければよかった。
ページを開くことさえしなければもっとワクワクした気持ちでいれたのに。


ネタをやり切れたら万々歳と思っていたけど、思ったよりウケたもんだから期待してしまった。
ネタを自分で作って自分で演じてる以上誰のせいにもできない。
負けてちゃんと悔しかった。
落ちたということは何かが確実に足りなかったということだ。発声なのか内容なのかウケなのか。ここをこうしていたらどうなっていただろうと負け惜しみのような感情が湧いてくる。やっぱり賞レースは甘くない。
アマチュアの僕がこんなに悔しかったら1年かけてこれに挑んでる人はどれだけ悔しいのだろう。

車内に次の駅の到着を知らせるアナウンスが流れる。
降車駅にまだ到着しないでほしいと思ったのは初めてかもしれない。


それでも今回R-1グランプリに出て本当に良かったと思う。
僕の人生で忘れられない1日になったことは間違いない。
そして自分が出ることで舞台に立つ芸人へのリスペクトがより大きくなった。あれだけ沢山の芸人の中から勝ち抜いて準決勝、決勝と駒を進める人たちの努力と実力は想像を絶するものだ。


R-1グランプリには数年前に1度出てみようと思ったことはあったけど、結局怖くなって出れない理由を探してエントリーを見送った。

そんな自分自身を騙して逃げ出すほど情けない僕がひとりで舞台に立ってネタをやり切ったと考えたら、誰でも出れる舞台とは言えよくやったと思う。
あの舞台に立つことに憧れていた過去の自分に少しは胸が張れるのかもしれない。


ただ、もう出ただけで褒められてるようじゃだめだ。
R-1に限った話じゃないけど次は結果を出して褒められなくてはいけない。

来年出るかどうかはまだわからないけど、気持ちが変わらなければ出るんじゃないかと思う。
それがどうしようもなく何もできない僕にできる精一杯の抵抗な気がするから。






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